二十六夜俟・序




誰も通わぬ地が都の奥にあった。
誰も通わぬ地故に、名も無かった。

鞍馬の御山のその遙か奥にその地はあった。
名もないその地は、その地の周囲に暮らす人々から神の住まう土地と畏れられ、誰知らず「神域」と呼ばれていた。

その「神域」に赤子が捨てられた。
蜜色の瞳の丸々と太った赤子だった。

何故、捨てられたのか。
誰もその理由がわからなければ、誰も赤子の親が誰なのか知らない。

赤子は己が捨てられたのかも知らず、無邪気に笑っていた。




「神域」には一人の妖(あやかし)が棲んでいた。
黄金の髪を持ち、紫暗の宝玉を抱いたそれは美しい妖だった。

名を”金蝉童子”という。

何時から「神域」に暮らしているのか、何処から「神域」に来たのか、人々が彼の存在に気付いた時、既に彼は「神域」に暮らしていた。
けれど、金蝉童子が人に姿を見せることもなく、人に見られることもなく、ひっそりと暮らしていた。

ごくごく偶に、その人外の美しい姿を「神域」の森で人々が見かけることもあったが、ただそれだけで、こちらが気付けば、幻のように姿を隠してしまうのだった。

時折、人の姿になった金蝉童子が”三蔵”と名乗って里に姿を見せることがあったが、その姿を記憶に留めた者はいなかった。

その存在が幻のような妖、それが金蝉童子だった。




その赤子を見つけたのは偶然か、運命のイタズラか。
それとも赤子の”聲”を聴いたからなのか。
妖故の気紛れか。
金蝉童子がその赤子を拾った。

赤子は”悟空”と言う名を金蝉童子から授かった。




寂しがり屋で、よく笑う赤子は金蝉童子に愛され、慈しまれた。




赤子はやがて幼児になり、子供となった。
悟空は人なっつっこい、好奇心旺盛な子供に育った。

人の姿で里に姿を見せる三蔵の傍らに大地色の髪と黄金の瞳をした美童が寄り添う姿が見られるようになった。
けれど、それも束の間の記憶でしかなく、人々には夢の存在だった。




誰に知られず、ただ、大地と移り変わる季節の狭間で、妖と人の子は穏やかに時を刻んでいた。

時はまだ人々が神を畏れ敬い信じ、妖が人々の傍らに当たり前に存在したそんな時代。

これはそんな時代に生きた二人の物語─────




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