雨 燕
昨日から降り続いていた雨がようやく上がり、澄んだ青空が高く広がっていた。
柔らかな若葉の頃を過ぎ、新緑に彩られた世界は、恵の雨の季節を迎えていた。
里人から「神域」と呼ばれるこの世界の奥に、金色の髪を持つ妖と人の子が住む庵があった。
明るい陽差しに誘われるように朝早くに目覚めた子供は、夜着のまま庭先に下りて、ぽかんと見たこともない黒い鳥が鋭い刃物のように蒼空を切り裂いて飛ぶ姿に見とれていた。 簀の子に座って、妖は雨の上がる夜明け頃から盃を傾けていた。 「起きたのか…」 微かな音を立てて盃を置くと、妖は子供の起きた気配に立ち上がった。 簀の子を廻って、子供の寝ている部屋に向かえば、子供は素足のまま庭先に下りて、呆けたような顔で空を見上げていた。 一体何を見つけたのか…。 一心に空を見つめるその小さな姿に、妖の表情は愛しげに綻んだ。 「悟空」 静かな良く通る妖の声に、悟空と呼ばれた子供は、びっくりしたように振り返り、階に立つ妖を認めて、嬉しそうに空を指差した。 「さんぞー、鳥ぃ、黒い鳥ぃ」 悟空の指差す方向を見上げて、三蔵と呼ばれた妖は、「ああ…」と納得した。 「雨燕か…」 三蔵の呟いた言葉を耳聡く聞いた悟空が、同じように繰り返し、空を、鳥を指差す。 「ああ、雨燕という鳥だ、悟空」 三蔵の言葉に納得したのか、悟空は頷きながらまた、空を指差して鳥の名前を呼ぶ。 「うにゃ」 妙な声を上げた悟空が三蔵を振り返った。 「まだ、冷える。中へ入るぞ」 宙に浮いたまま悟空は頷き、三蔵の方へ腕を伸ばした。 「さんぞーあまつばめー」 名残惜しいのか、空を切る鳥を掴もうとでもするように悟空は三蔵の腕の中から手を伸ばす。 「あれは自由だ。空を飛ぶのが楽しいんだ」 三蔵の言葉に悟空はこくんと頷き、名残惜しそうに空を見上げた。 「その内、お前の友達になってくれるだろうさ」 そう言って、くしゃりと悟空の大地色の髪を撫でた。 「うん」 くしゃりと頭を撫でられながら悟空はふわりと笑って、今度こそ納得したとでも言うように大きく頷いたのだった。
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雨燕(あまつばめ):高山の鳥。燕より遙かに大きく、秋に南方へ去る。 close |