送燈籠
ゆらゆらと水面に揺れる月の姿を見つめる薄紫の影があった。 月の光を集めたような金糸を長く伸ばし、それを背中の中程で緩く束ね、着崩した狩衣の袷から覗く白い肌が仄かな艶をこぼす。 「来ていたのですか…」 不意にかけられた声に振り返った異形の青年の瞳は、紫水晶だった。 廂の奥に見える精霊棚。 「今夜は送燈籠です。お前も誰かを送りに来たのですか?」 問われて青年は静かに首を振った。 「それはよかった。ところであの子は大きくなったでしょうねえ」 簀の子から降りて、青年に声をかけた人物は、その傍らに立った。 「見せて下さいな。あの子の成長ぶりを」 傍らの青年を振り返って、その人は期待に満ちた笑顔を浮かべた。 「…逢いたいと言わないのなら」 その言葉にその人は大きく瞳を見開いたかと思う間もなく、声を上げて笑った。 「お、お前…か、可愛い」 くすくすと修まりきらない笑いをそのままに、その人は青年の背中をばんばんと、叩いた。 「笑うならいい。もう戻る」 言うなり、風を呼んだ。 「ま、待ちなさい。笑ったのは謝るから、機嫌を直しておくれ」 地面から浮き上がった身体を青年は小さなため息と共に地面に下ろした。 「……貴方という人は…」 仕方ないともう一度ため息を吐いて、青年は庭の池に術を掛けた。 「ああ…本当に大きくなって…」 袿を蹴り脱いで、小さな鬼の子と一緒に眠る稚い寝顔を見て、その人はそれは愛おしそうに笑った。 「もういくつになりました?」 問えば、 「七歳になった…」 と、つっけんどんな答えが返る。 「もう…早いものですねぇ…お前が赤子を抱えてやってきた時は、ちゃんと出来るのかと心配しましたが、健やかに育っています。お前の努力の賜ですね」 まるで出来の悪い息子が上手く事をなしたのを褒める父親のような様子で、水面に映る子供の姿に瞳を嬉しそうに細めて傍らの青年を見やった。 「慈しんで育てなさい。その経験がお前を人に近くする。今よりもっと…」 ぽんぽんと、青年の腕を叩くと、その人は青年をそれは愛おしそうに見つめ、 「もう、行きなさい。皆が集まってきます」 そう言って、笑った。 「秋…気が向けば来るといい」 そう言って、風に乗った。 「……あいつと待っている」 青年の声は風に乗って耳元に届き、やがて夜闇の中に消えた。 「ええ、かならず…」 もう聞こえないはずの答えをその人は呟き、感じ始めた人の気配とざわめきへ戻って行った。
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送燈籠(おくりどうろう):盆の十五日の夕、精霊を墓地まで送るための精霊棚の前に吊す燈籠。 |