流 觴
年に一度、妖が集う宴がある。 今年、金蝉は久しぶりにその宴に出席した。 養い子を小鬼と式に任せて。
ふわりと、風に乗って会場である場所へ降り立った金蝉は、宴に集っている妖の誰にも見つからぬように長の住まう庵へ赴いた。 「お呼びですか?」 几帳の向こうへ庭先から声を掛ければ、「入れ」と、応えがあった。 「そこに座れ」 盃で女が指し示した場所に座る金蝉を盃の中の酒を舐めながら女は楽しそうな顔付きで見つめていた。 「何用ですか?」 金蝉の問いかけに女は、質問で答えた。 「お前、あの子供を拾ってどれぐらい経つ?」 女の言葉に金蝉がきょとんと表情を無くす。 「とぼけるなよ、隠しても無駄だ」 そう言って、金蝉を軽く睨みつけた。 「……十年になります」 その答えに女はにやりと笑って、 「美味そうに育ってるよな」 舌なめずりすると、盃の酒を一気に呷った。 「あれは糧ではありません」 金蝉の否定をわかっていたと、口元を綻ばせ、怪訝な顔をする金蝉に問い返した。 「糧ならもう喰ってるだろう?」 一瞬の逡巡に金蝉に長と呼ばれた女は、 「いいさ、誰もあの子供を喰えとは言ってない。気にするな」 そう言って、楽しそうに喉を鳴らした。 そして、今夜金蝉を呼んだ本題に入る。 「気を付けろよ?あの子供は惹きつける」 言われた言葉の意味が理解出来なくて思わず長の顔を見れば、長は仕方のない奴とため息を吐いた。 「お前が呼ばれたように、あの子供はオレ達を呼ぶ。無意識にな。今はまだ、お前しか見えていないが、その内に色々やっかいになる」 言われてようやく金蝉は思い出した。 確かに悟空を拾った時、呼ばれたのだ。 乳飲み子の悟空を森の中で見つけた時、糧だとは欠片も思わなかった。 その思いが金蝉の纏う気配を剣呑なものに変える。 「気にしていないか?それとも目を瞑っているのか?だがな、あの子供が我々を惹きつける。それはあの子供が危険に曝されることだ」 金蝉の問いかけに長は小さなため息を吐いた。 「…惹かれて、呼ばれた連中のみんながみんな上品な奴らだとは限らないだろうが。下品な奴は金色が与えるという莫大な妖力を欲して喰らおうとするってことだよ、金蝉」 言われて一瞬瞳を見開いた金蝉は、そのことに気付かない己に唇を噛んだ。 「守ります…この身に代えても」 金蝉の言葉に長はくつくつと喉を鳴らして笑い、盃に酒を満たした。 「命に代えても守るってか?惚れたねぇ、お前も。ま、それも朴念仁のお前にはいい傾向だろうさ」 ちゃかすようないい方に色をなせば、 「それに、陰陽師ともよしみを通じているようだしな。ちゃんと守ってやれよ」 そう言って、盃を一気に長は煽った。 「オレは、千里眼だぜ?」 けらけらと長は声を上げて笑うと、盃にまた酒を注ぎ、口を付けた。 「もう帰れ。他の奴らに気付かれない内に悟空の元へ帰ってやれ」 金蝉が戸惑うように、申し訳なさそうに頷くのへ長は、それは楽しそうな笑顔を見せたのだった。
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流 觴(りゅうしょう):三月三日の節句に行われる遊び。庭園内の水流に盃を流し、それをとって酒を飲み、詩を賦す。 |