青 芒




「きゃぁ―っ!」

青々と茂るススキの青葉の煌めきに悟空が歓声を上げる。

「すごぉーい、きれー!すごぉいよー」

三蔵の腕の中でまだ伸び上がり、目の前に広がる青いススキの群生地をもっと見ようと身を乗り出す。

「こら、落ちる」

注意しても聞こえない興奮した悟空を三蔵は地面に下ろしてやった。

三蔵の腕から下ろされて、ススキへ駆け寄るかと思えば、そこに立ち尽くしていた。

風に煽られ、青いススキの葉が葉ずれの音を立てて揺れる。
陽にきらめき波打つ様がまるで海に立つ波のようだと、三蔵は思った。




どれ程、二人じっと風に揺れるススキのまだ穂の出ていない青葉の海を何も言わずに見つめていたのか、風に翻る三蔵の狩衣の袂が引っ張られた。
引っ張られた方へ視線を向ければ、

「さんぞー歌ってるよ…」

振り返って悟空がそう言って笑った。

「歌ってる?」
「うん。歌ってるのー」
「そうか…」
「そーなのー」

悟空は時々、雨が歌ってる、木々が歌ってると三蔵に告げてくる。

今も青いススキが歌っているらしい。

けれど、三蔵にはただ時折、強く吹く風が鳴らす音と葉ずれの音しか聞こえない。
聞こえないが、悟空の言葉を理解出来ないと言下に否定することはなかった。

幼子の耳には歌っているように聞こえているのかも知れないし、本当にススキの青葉は風に合わせて歌っているのかも知れない。
妖である三蔵とは違う耳を持っているのかも知れないのだ。
だから、自分で確信が持てないことに対して拒絶はしたくなかった。

「そろそろ行くぞ」

言えば、

「もうちょっと、なの」

と、首を振るから、

「わかった」

そう言って、三蔵はその場に腰を下ろし、悟空を膝にのせた。

「さんぞ?」

振り返った悟空に、

「この方が楽だからな」

言ってやれば、悟空は居心地の良い姿勢になって、またススキの海へ視線を向けたのだった。



からりと晴れた今日、最近、遠出を覚えた悟空が小鬼と一緒に見つけた綺麗な場所を見るために散歩がてら庵を出て来たのだ。

本来の目的の場所は、このススキの群生地ではないらしいのだが、途中で見つけたこのススキ野を見渡せる高台が悟空を魅了してしまったらしい。
先の遠出の時は気が付かなかったらしい。
別段、急ぐ散歩でもないので、まあいいかと、三蔵は思うのだった。




青 芒(あおすすき):青々としげった夏のすすき。

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