暗闇祭




「さんぞー色の花だ」

そう言って、指さす先には大きな葉の間に小さな薄紫の花。
三蔵に見せようと、その花を摘もうとしたが、引っ張っても一向に切れない。

「切れないよ」

ぐいぐいと引っ張って、引っ張って―――ばりばりと地面から蔓は剥がされ、子供に引っ張られるまま―――子供はそのまま庵に戻ってきた。




「さんぞーの花だよ」

廂で洗濯物をたたんでいた三蔵は、悟空と小鬼の姿を見て驚いた。

一体、何をどこから引っ張ってくるのか…

「ほら、さんぞーの花」

返事のない三蔵に握った蔓の先に咲く花を見せるのへ、ようやく驚きから立ち直った三蔵は悟空の傍に駆け寄った。

「悟空、どこから引っ張って…」

悟空の手が握る蔓を目で辿って目眩を感じた。

蔓は庭の向こうから続いているのだ。

悟空が握っているのはどう見ても蔓草だ。
しかし、蔓草にしてはいくら何でも長すぎる。
見えていない先に土から引っこ抜かれた根があるのかと、小鬼を見れば、小鬼は違うと首を振った。
ならば根が繋がったままここまで引っ張られてきたことになる。

無茶苦茶だな…

子供の無慈悲な行いに晒された蔓草に思わず同情し、何となく三蔵は蔓草が無理矢理身体を伸ばして必死に耐えている姿を想像して笑えるやら、涙ぐましいやら、可哀想やら――
その上、原因は自分にあるようなないような気もして、

「ああ、ありがとう」

と、礼を言って、頭を撫でてやれば、悟空は嬉しそうに笑って、握った手を三蔵に差し出した。
三蔵は悟空から蔓草を受け取ると、手を洗ってこいと、悟空を水場へ行かせた。

悟空の姿が水場の方へ行くのを見届けて、三蔵は握っていた手を離した。

すると、それを待っていたように蔓は元の場所へ戻っていく。
その様子を見つめながら神域に棲むもの達はどこまでも悟空に甘いと、思う三蔵だった。




扇 蔓(おおぎかづら):山地の木陰に生える草。葉が心臓形であることからこの名で呼ばれる。

close