暗闇祭
ふわりと、降り立った。 そこは、打ち捨てられた屋敷。
養い子を寝かせたあと、部屋に飛び込んで来た酔っ払いのような小さな鳥形の式を捕まえた。 「こんな時間に呼び出し…?」 紙に戻った式をひらひらと摘んで揺らしながら考えた。 「いつもの様子じゃないような…」 気になるのだが、出向くのに何となく呼び出した相手の手のひらの上のような気がして業腹だ。 そうして来てみれば呼び出した相手は、しっかりと仕事の真っ最中だった。 よくもこんな場所へ呼び出してくれる… 腹が立っても来てしまったのだ。
戦いの相手は最近、都を騒がせている妖らしい。 元は小さな妖だったものが、人間の魂魄を喰らいながら彷徨っている間に、低級の妖や邪霊までも喰らい、その上、ずいぶんと生きた人を喰った所為で元々の自我は無くなって、ただ餓えた化け物に成り下がった奴だった。 相対する術者が緊縛の呪を唱え、札を投げる。 「切れる」 三蔵は呟いて、ひらりと屋敷の屋根に避難した。 同時に声高い音を立てて、緊縛した枷が引きちぎられ、妖気が吹き荒れ、周囲にいた術者を吹き倒した。 その姿を見下ろしながら、自分を呼び出した当人を探せば、向かいの屋根の上に座っているのを見つけた。 「来たのですね」 三蔵の気配に呼び出した本人――光明が振り返った。 「呼び出したのはあんただろうが」 ぽんと、手を叩いて頷く。 「帰る」 ふざけてるとしか思えない様子に呆れて、三蔵は風を呼んだ。 「あ、ダメですよ」 浮き上がった身体に光明が抱きつく。 「離せ!」 抱きつく腕を振り払おうとしたした三蔵に影がさした。 「金蝉!」 三蔵は光明に抱きつかれたまま、妖から逃げた。 「危なかったですねえ」 最初三蔵がいた屋根に移り、光明がやれやれと息を吐く。 「大丈夫なのか?」 光明の腕を離して問えば、 「あの子達で大丈夫ですよ」 三蔵は肩をすくめた。 「心配してくれるんですね」 一体何を言い出すのかと、三蔵は光明を振り返った。 「だから、今夜は人の姿のままなんでしょう?」 言われて、三蔵の眉間の皺が深くなる。 「ほら、金蝉…いえ、三蔵」 ほらほらと、わざとらしく三蔵をけしかけ、その背中に隠れる。 「光明!」 背中を振り返る三蔵の上にまた、影が差す。 「ああもう鬱陶しいっ!」 覆い被さる影に向かって手を振り抜いた。 「消えろ」 もう一度、三蔵は妖に向かって腕を上から下へ振り下ろした。 「おお、凄い凄い」 パチパチと手を叩きながら三蔵の影から出てくる。 「光明…」 怒りに震える三蔵ににっこりと笑いかけ、 「まだ、向こうにいるんですよ、ほら」 と、今いる屋敷の向こう側を指差す。 「だからお前を呼んだんですよ」 などと、今頃宣う。 「相変わらずあんたはいい性格してるな」 幻では無い頭痛を感じながら言えば、 「妖怪軍団対陰陽師軍団暗闇祭、ですね」 そう言って笑うから、三蔵はつくづく今、妖と命懸けの戦いをしている光明の弟子か仲間かの人間達に同情し、気になってここへ来てしまった自分の迂闊さを後悔する。 「さ、行きますよ」 そう言って三蔵の衣を引っ張り、屋根の上を走り出したのだった。
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暗闇祭(くらやみまつり):五月五日に東京府中市大国魂神社で行われる祭り。 |