暗闇祭




ふわりと、降り立った。

そこは、打ち捨てられた屋敷。
荒れ果てた庭。
周囲を見渡して、溢れる妖気にため息が出た。



養い子を寝かせたあと、部屋に飛び込んで来た酔っ払いのような小さな鳥形の式を捕まえた。
三蔵の手のひらの上でその式は持ち主からの伝言を伝えると、一枚の紙に戻った。

「こんな時間に呼び出し…?」

紙に戻った式をひらひらと摘んで揺らしながら考えた。

「いつもの様子じゃないような…」

気になるのだが、出向くのに何となく呼び出した相手の手のひらの上のような気がして業腹だ。
けれど、妖の自分を呼び出すほどの危機的状態かも知れないと、嫌な予感もする。
ならば、様子を見るだけと、自分に言い訳をして三蔵は風を呼んだのだった。

そうして来てみれば呼び出した相手は、しっかりと仕事の真っ最中だった。
それも結構な大物と闘っている。

よくもこんな場所へ呼び出してくれる…

腹が立っても来てしまったのだ。
今更、帰る訳にもいかない。
だからといって手を貸す訳でもなく、三蔵は戦いを見つめていた。



戦いの相手は最近、都を騒がせている妖らしい。

元は小さな妖だったものが、人間の魂魄を喰らいながら彷徨っている間に、低級の妖や邪霊までも喰らい、その上、ずいぶんと生きた人を喰った所為で元々の自我は無くなって、ただ餓えた化け物に成り下がった奴だった。

相対する術者が緊縛の呪を唱え、札を投げる。
札が光り、暴れる妖を縛り付ける。
その緊縛に対抗するように妖が咆吼を上げた。
妖気が膨れ上がる。

「切れる」

三蔵は呟いて、ひらりと屋敷の屋根に避難した。

同時に声高い音を立てて、緊縛した枷が引きちぎられ、妖気が吹き荒れ、周囲にいた術者を吹き倒した。
吹き倒された術者が立ち上がってまた、向かっていく。

その姿を見下ろしながら、自分を呼び出した当人を探せば、向かいの屋根の上に座っているのを見つけた。
三蔵は呼び出した人の横へ移動した。

「来たのですね」

三蔵の気配に呼び出した本人――光明が振り返った。

「呼び出したのはあんただろうが」
「あ、そうでした」

ぽんと、手を叩いて頷く。

「帰る」

ふざけてるとしか思えない様子に呆れて、三蔵は風を呼んだ。

「あ、ダメですよ」

浮き上がった身体に光明が抱きつく。

「離せ!」

抱きつく腕を振り払おうとしたした三蔵に影がさした。

「金蝉!」
「ちっ!」

三蔵は光明に抱きつかれたまま、妖から逃げた。

「危なかったですねえ」

最初三蔵がいた屋根に移り、光明がやれやれと息を吐く。
その一方で、妖と戦っている者達は、構え直し再び緊縛の呪を唱え始める。

「大丈夫なのか?」

光明の腕を離して問えば、

「あの子達で大丈夫ですよ」
「どうだか」

三蔵は肩をすくめた。

「心配してくれるんですね」
「誰が?」
「それに、いざとなったらお前が助けてくれるでしょう?」
「ああ?」

一体何を言い出すのかと、三蔵は光明を振り返った。

「だから、今夜は人の姿のままなんでしょう?」

言われて、三蔵の眉間の皺が深くなる。
それに重なるようにまた、緊縛の札が形を成す前に焼き切られ、術士達が弾き飛ばされた。

「ほら、金蝉…いえ、三蔵」

ほらほらと、わざとらしく三蔵をけしかけ、その背中に隠れる。

「光明!」

背中を振り返る三蔵の上にまた、影が差す。

「ああもう鬱陶しいっ!」

覆い被さる影に向かって手を振り抜いた。
途端、風が巻き起こり、妖の身体が宙を舞う。

「消えろ」

もう一度、三蔵は妖に向かって腕を上から下へ振り下ろした。
風が妖の身体を上から下まで両断した。

「おお、凄い凄い」

パチパチと手を叩きながら三蔵の影から出てくる。
その間に両断された妖は塵と化して崩れ、消えて行った。

「光明…」

怒りに震える三蔵ににっこりと笑いかけ、

「まだ、向こうにいるんですよ、ほら」

と、今いる屋敷の向こう側を指差す。
見れば、同じような妖が暴れているのが見えた。

「だからお前を呼んだんですよ」

などと、今頃宣う。

「相変わらずあんたはいい性格してるな」

幻では無い頭痛を感じながら言えば、

「妖怪軍団対陰陽師軍団暗闇祭、ですね」

そう言って笑うから、三蔵はつくづく今、妖と命懸けの戦いをしている光明の弟子か仲間かの人間達に同情し、気になってここへ来てしまった自分の迂闊さを後悔する。
そんな三蔵の気持ちなどお構いなしに光明は

「さ、行きますよ」

そう言って三蔵の衣を引っ張り、屋根の上を走り出したのだった。



疲れ切った三蔵が、庵に戻ったのは明け方のこと―――




暗闇祭(くらやみまつり):五月五日に東京府中市大国魂神社で行われる祭り。

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