花燈会




小正月の少し前から神域近くの里は、鮮やかな花の絵の描かれた燈籠に彩られていく。
新年、最初の祭りがもうすぐ始まるのだ。

里と神域との境にも柱が立てられ、花燈籠が飾られる。
細く白い木で形作られ、薄い和紙に淡い絵の具や鮮やかな絵の具で描かれた四季の花々。
日が落ちれば、花燈籠に灯される橙色の光が、柔らかな月の光と共に、幽玄な世界へと里を誘うようであった。

祭りには妖が人々に紛れているのだと、里人達は知っていた。
花燈籠と同じような白地に花唐草の地模様の衣裳を着た金蝉童子が幻のように花燈籠の下に佇み、里人の宴を見ているのだと、何時の頃からか里人の間で知られていた。
そして、誰が提案したのか、誰が実行に移したのか、里の御神木のある場所に、宴のよく見え、花燈籠が一番美しく見える場所に宴席が一つ、設けられるようになった。

毎年、真新しい白木で縁台を作り、円座を置き、濁り酒を入れた丙子と盃と心ばかりの肴を盛り置く。
灯りと花燈籠の灯りとで宴席は仄かに明るく、静かな佇まいとなる。
そこへ誰も近づかないのが不文律。

せっかくの妖の訪れを台無しにしたくない里人の思いの現れであった。

その思いを知ってか、知らずか、翌朝妖の宴席へ片付けに向かえば、円座に初咲きの白梅ひと枝と美しい細工物が一つ置かれているのだった。

その宴の来訪に金瞳の養い子を伴ってくるようになった。
赤子から幼子へ、そして子供へ。
養い子の成長に合わせて、宴席は妖と養い子のために設えられるようになった。
子供が食べられるように干した果物や菓子類が、酒や肴と一緒に用意される。

そして、今宵も花燈籠の宴が始まるのだった。




三蔵は悟空を片腕に抱き、宴席に姿を見せた。
毎年変わらず、そこから里人が舞う姿や話す姿がよく見え、三蔵は仄かに笑った。
悟空は里中に灯された花燈籠の朧な明るさにその金瞳を見開いて、見つめていた。
赤子の頃から数えて五度目の花燈会だが、はっきりと物心がついてからこの祭りを見たのは初めてだった。

「さんぞー橙色のお花が咲いてる」

三蔵の腕の中、御神木に飾られた花燈籠や里の家々の軒先、里の道や周囲に灯された灯りを指差して悟空はそう言って笑った。

「きれー」

嬉しそうに笑う悟空を抱いたまま宴席に腰を下ろした三蔵は、胡座を組んだ足の間に悟空を座らせた。

「さんぞ、これ何?」

悟空が指差すそれは、里人が悟空のために用意した干した果物や菓子であった。
悟空は生まれてこの方、三蔵に拾われてこの方、当然のことながら三蔵が与えるものしか口にしたことがなかった。
それまで宴に来ても、悟空は三蔵の持ってきた菓子を摘む程度で里人の用意したモノを口にすることがなかったので、今回が正真正銘初めての体験だった。

「ねえ、さんぞー、これなあに?」
「干した杏と干菓子だ」
「ふうん…」

不思議そうに高坏の上に盛られたそれらを見つめたまま、悟空は手を出そうとはしなかった。

「食べるか?」

三蔵の問いかけに悟空は三蔵を振り返って見上げ、

「食べ物?食べられるの?」

と、訊いてくる。
それに三蔵は僅かに口元をほころばせて笑うと、頷いた。
そして、高坏の杏を一つ取ると、悟空に持たせてやった。
悟空はそっと両手で抱え込むようにして干し杏を不思議そうに眺めて、一向に口に入れようとはしなかった。
その姿を三蔵は面白そうに眺めていたが、食べ物で遊び出しては困るので、高坏からもう一つ干し杏を取ると、悟空に一口ちぎって差し出した。

「ほら、口開けろ」

目の前に差し出された干し杏と三蔵の顔を見比べるばかりで、悟空は口を開けようとしない。
三蔵はその様子に小さく息を吐くと、手に持った残りを自分の口に入れた。
その様子を金眼を見開いて見ていた悟空は、

「……おいしぃ…の?」

と、恐る恐る三蔵に訊いてきた。
それに三蔵は大きく頷いてやる。
その三蔵の頷きにようやく悟空は口を開け、干し杏を口にしたのだった。

難しい顔で干し杏を暫く噛んでいた悟空の顔がほころんだ。
そして、

「甘いー甘いよぉーさんぞ、甘い」

と、金瞳を見開いた。

「そうか、よかったな」

くしゃりと髪を撫でれば、

「うん」

大きく頷いて、悟空は大輪の笑顔の花を咲かせた。




夜半、里人の宴がたけなわになる頃、悟空は三蔵の腕の中で安らかな寝息を立てていた。
寒くないように三蔵は深く腕の中に悟空を抱き込み、御神木に灯った花燈籠を吹き消した。
そして、ふわりと風に乗る。

真冬の凍てつく風に春の息吹を感じて三蔵は仄かに笑った。




花燈会(かとうえ):正月十三日から十八日の祭日。

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