火 魚




火の手が上がった。
ごうごうと風を起こし、炎熱を振りまき、炎は神域に迫っていた。




里で市が立った。
何年かに一度、都の商人達が物売りにやってくるのだった。
山奥の里の人々はその市を楽しみにして、何日も前から準備をし、商人達の到着を待っていた。

三蔵は悟空を拾う前は、市が立とうが、何があろうが、興味をあまり引かれることはなかった。
けれど、今回は何にでも興味を示す養い子がいる。
当然、市にも興味を示し、行きたいと三蔵に訴えていた。

「行きたいのー市に行きたいー」

里に出かけたとき、一緒に遊ぶ子供から聞いてからずっとこの調子だ。

「わかったから」

根負けして頷かざるを得ない三蔵だった。




 

様々な品々に目移りしながら、悟空は三蔵に連れられて市見物にきていた。
神域と里とごくたまに出かける光明という三蔵の知り合いの家にしか行ったことのない悟空には、珍しく興味を引かれる物で溢れていた。

「あれ、なぁに?」

そぞろ歩く三蔵の腕の中から、目に映る物一つ一つについて訊ねるのへ、三蔵は眉間のしわを深くしつつも、邪険にすることなく問いかけに答えてやっていた。

「火事だーっ!」

不意に声が上がった。
その方を見れば、大きな火の手が上がっている。

「さんぞ…」

その火の大きさに一瞬人々は動きを止め、やがて右往左往逃げ惑い始めた。
三蔵は、悟空を抱いたまま風を呼び、空に舞い上がった。
火の手の方を見れば、それはごうごうと熱風を生み、盛る火の手は神域へ向かっていた。

「さんぞ…火……」

ぎゅっと、三蔵にしがみつく。

「大丈夫だ」

三蔵は悟空を抱き直すと、風に乗って燃え上がるそのすぐ近くへ舞い降りた。
熱風が三蔵と悟空の頬を叩き、着物をはためかせる。

「……燃えちゃう、の…?」
「いや、ここで消す」

言うなり、三蔵の身体から妖力が吹き上がった。

「――水よ…」

空いた片方の手を上げ、後方から差し招くように腕を振った。
一瞬の間を置いて、ごうっと冷たい風が吹きすぎ、燃えさかる炎に向かって大量の水が覆い被さるように降り落ちてきた。
そして、あっという間に炎は水にまかれ、消えてしまった。
消えた炎の向こうで、里人の歓声が聞こえる。

「もう消えた?もう大丈夫?みんな熱くない?」

三蔵の腕の中で悟空が問うのへ、

「ああ、もう熱くねえだろ?」

言えば、

「うん!」

頷く笑顔が返ったのだった。



 

火事の原因は商人の不注意だった。
煙草の火種が商品の油に落ちたのが、大火事になったのだ。
油売りが商いの最中に煙草を吸うなど、信じられない行為にその商人は皆にこってりと絞られ、当分商売の自粛が言い渡された。

火事の突然の鎮火に関しては、里人が旨く言い訳をしてくれたらしいと、三蔵は後になって知るのだった。




火 魚(ひうお):硬骨魚目ホウボウ科の海魚。体は美しい赤色。

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