四迷忌




 

面白いから読めと言われて渡された読み本。
この作者の本はどれも面白いのだと、さんざん蘊蓄から書評に至るまで聞かされた。
その上、読んだら必ず感想を聞かせろとまで言われた。
ここまで言われたら、反発しか生まれないが、逆らうと後が大変なこともまた、事実なので三蔵は黙って本の束を受け取ったのだった。

元来、読書は好きだったので、押しつけられたせよ、本が読めるのは嬉しいことだった。
ちょうど、雨も降って静かな時間、三蔵は読書にふけっていた。
そこへ退屈した養い子が、やってきた。

「たいくつなのー」

本を読む三蔵の膝によじ登って顔を覗き込んでくる。

「おい」

顔を上げれば、まろい頬を膨らませた子供の顔が飛び込んできた。

「あのね、たいくつなのー」

だから、遊べと言う。

「悟空」
「なぁに?」

呼べば、遊んでくれるのかと期待に満ちた瞳が返ってくる。
その姿にため息をひとつこぼし、悟空を膝から下ろした。
そして、

「ちょっと待ってろ」
「?」

本と悟空を残し、三蔵は塗籠に入り、幾冊かの本を持って戻って来た。

「ほら、これでも読んでろ」

そう言って、悟空に手渡す。
受け取った悟空は綺麗な表紙に惹かれるように中を開ければ、色彩豊かな絵が描かれていた。

「きれー」

その様子を見ながら、三蔵は悟空の傍らに腰を下ろし、また、本を読み始めた。
しとしとと雨は降り、新緑の葉を色鮮やかに染めていく。



ふと、静かなことに気付いて傍らを見やれば、本を抱くようにして悟空は眠っていた。
三蔵はそっと悟空を抱き上げ、膝の間に載せると、衣でその小さな身体を被い、本をまた、読み始めた。



新緑が雨に煙る初夏の昼下がり―――




四迷忌(しめいき):五月十日、二葉亭四迷の忌日。

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