烏 蛇




  

真っ黒な蛇が身体に似合わない大きさの蛙を呑み込んでいるのを悟空は見つけた。
じっと、その様子を傍にしゃがんで見つめる。

「大きな口…」

ゆっくりと頭から呑み込んでいく様子を飽かず見つめ、蛙を呑み込んだあと、腹が異様な形にふくれているのをしばらく見つめたあと、蛇が茂みの中へ消えるのを見送った。

「すごく大きな口あいて、カエルをたべちゃったねぇ…」

蛇が消えた茂みを見つめたまま、傍の小鬼に話す悟空の耳を鋭い鳥の鳴き声が刺した。
ざわりと蛇が消えた茂みが揺れ、鳥の羽ばたきが聞こえた。

「…ぁ…」

急いで羽ばたく音の方へ向かえば、先程、蛙を食べた蛇が、鳥――猛禽の足に捕まってのたうちまわっていた。
猛禽はその鋭い嘴で蛇の頭を何度かつつくと、蛇は動かなくなった。
その蛇を足に絡ませ、掴んだまま、その猛禽は空へ舞い上がり、山の方へ飛んでいった。

一部始終を見届けた悟空は、何とも言えない表情を浮かべて、小鬼を振り返った。

「帰ろ…」




 

夕餉の間も湯殿にいる間もそして、眠る時間になっても、どこか悟空に元気がなかった。
三蔵はそんな様子を黙って見つめるだけで、問いただそうとはしなかった。

ようやく、悟空が口を開いたのは、閨で三蔵の腕の中だった。

「…あのね…」
「なんだ?」
「うん……今日ね、真っ黒なヘビが、カエルを食べてたの。おっきな口をあけてね。でね、その後、そのヘビをね…鳥が殺して持っていっちゃった…の…」
「そうか…」
「うん…何でかな…」

じっと、三蔵の紫暗を見つめる金瞳が揺れている。
けれど、その瞳の中に悟空なりの答えを見つけていることを知った。だから、

「…そうだな…生きるためだ」
「生きる…ため…?」
「ああ、お前も俺も生きるために食べ物を食べる。そう、この世で生きとし生けるものは皆、何かの生き物の命を繋ぐために生きているんだ」
「俺も?さんぞーも?」
「そうだな、人は何かの食べ物になるわけではないがな」
「…ふぅん、じゃぁ…俺はさんぞーのために生きてるの?で、さんぞうーは俺のために生きてるの?」
「ああ、そうだな」
「よかった…」

頷けば、悟空は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そうして、悟空は安心したのか、ことりと眠りに落ちていった。

その寝顔を見ながら、先程の返事の続きを呟いた。

「今はまだ…な…」

いつまで続くのかわからないが、悟空が独り立ちするまではそうあって欲しいと、願う三蔵だった。




烏 蛇(からすへび):シマヘビが黒化したもの。

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