二十六夜俟




風花が舞っていた。

蔀を開け放した廂(ひさし)に一人座って三蔵――金蝉童子は丙子の酒を傾けていた。

その部屋の奥の閨(ねや)では子供が温かな袿に包まれて眠っている。

この子供は、長い間一人で暮らしていた神域で拾った。
拾った時、神域中に響くような鳴き声を上げていた。
金蝉が抱き上げた途端、泣き止み、笑ったのだ。
その笑顔に金蝉は魅了されてしまったのだ。

「…らしく、ないが…」

思ってもこの稚い笑顔を離したくないと思ったのだ。
抱いた腕の中で安心しきって眠る幼い命に心を揺さぶられたのだ。



わからないことだらけだった。
慣れない事ばかりだった。

今もそうだ。

それでも子供は素直に、健やかに育ってくれている。
人ではあり得ない黄金の瞳を持ち、この神域に愛されている。
金蝉の思う人ではないとしても、愛しい命には変わらないのだから。

だから―――

少しでも長く一緒にいられるように。
人の世の伝え語りに縋る。

晴れて微かに雪の舞う空に昇った月に。
金蝉は願うのだった。



やがてこの雪は本降りに変わるだろう。
朝、目が覚めて新雪に子供は喜ぶだろうと、金蝉の口元は綻ぶのだった。




二十六夜俟(にじゅうろくやまつ):陰暦正月と七月の二十六日の夜半に月の出を待って拝むこと。

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