紙捻襦袢
真夏。 「さんぞー」 昼餉の支度をしている三蔵を見つけた悟空は小袖の襦袢姿で、三蔵の腰に抱きついた。 「あのね、痒いのー」 と、襟をはだけ、首と胸元を見せた。 「痒いのー」 そう言いながら、幼い手は首筋を掻いている。 「掻くな。余計に酷くなる」 三蔵が掴んだ手を振りほどこうと悟空が暴れる。 「ああ、わかった、わかったから、暴れるな」 三蔵は掴んだ腕を引っ張り上げて、悟空を抱き上げると、井戸端へ向かった。 「待ってろよ」 井戸端に悟空を立たせた三蔵は、井戸端に伏せてあったたらいを取り、悟空の前に置いた。 「さんぞー何するの?」 目の前に置かれたたらいを興味深そうに見ていたが、三蔵がたらいに水を汲み入れ始めると、悟空の顔が嬉しそうにほころんで行く。 「水遊びしていいのー?」 たらいに半分程、水を汲だ三蔵は、悟空の小袖を脱がしてやった。 その間に三蔵は薬箱と着替えを取りに庵の中へ入って行く。 悟空はたらいに寝転がって夏空を見上げた。 掬った水が手の中からしたたり落ちるのを見つめながら、それが陽の光に光る輝きを飽かずに眺めて、悟空は気持ちよさそうにその金瞳を眇めた。 「悟空、上がれ」 声の方を振り返れば、手ぬぐいを広げた三蔵がいた。 「さんぞー」 ばしゃりと、水を蹴立てて悟空はたらいから駆け出すと、三蔵の腕の中へ駆け込んだ。 「ほら、そこへ座れ」 言われて、悟空は階に素っ裸のまま座った。 「しゅうって、するよ?」 軟膏を塗った箇所が、すうっと冷えたような感じがするのを三蔵に言えば、 「気持ちいいだろうが」 と、鼻先を弾かれた。 「これを着ておけ」 何か言い返そうと口を開いた悟空に、襦袢が差し出された。 「何?」 悟空は素直に三蔵が差し出した襦袢を受け取り、袖を通した。 「さらさらして気持ちいいー」 そう言って、階の上まで上がって、くるりと廻って見せる悟空に、三蔵は仄かな笑顔を見せた。 「もうすぐ昼餉だ。できるまでもうちょっと遊んでろ」 万歳と両手を上げて返事をした悟空は、ぱたぱたと簀の子を庵の奥へ向かって走って行った。
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紙捻襦袢(こよりじゅばん):盛夏の頃に使う肌着で、紙捻で作られたもの。 |