石 斛
それを見つけたのは本当に偶然だった。 本当にあの人に似ている。 顔を綻ばせ、ますます一生懸命に子供は岩肌を登った。
やがて…─────
精一杯手を伸ばして確かに掴んだ。
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日暮れ時になっても遊びに出たまま帰ってこない養い子を気にして、三蔵は風を呼んだ。 「悟空は何処だ?」 問えば、風が三蔵の周囲を巡り、夕暮れに赤く染まった空へ駈け上がった。
ふわりと音もなく舞い降りたその場所の先に、小さな躯が横たわっていた。 夕暮れの淡い光の中、梢の影に覆われた悟空の顔は白く、ぴくりとも動かない。 三蔵が戸惑っている間に、悟空の薄い瞼が微かに震え、やがて黄金の花が何度か瞬いて咲いた。 「……さ、んぞー…?」 か細い声にようやく我に返った三蔵は、慌てて悟空を抱き起こした。 「……?」 何事と驚く三蔵は、 「これねー三蔵にあげる」 そう言う悟空の嬉しそうな声と共に差し出された手に握られた花に気付いた。 「花?」 そう言って、どこか誇らしげな笑顔に三蔵は何とも言えない顔をして、その花を受け取った。 「どこに咲いていたんだ?」 問えば、 「あそこー」 と、悟空は三蔵の座る後ろを指差した。 「で、お前は何でこんな所に寝ていた?」 岩を見た時点で悟空の身に何が起こったなど、簡単に三蔵には理解できたが、ちゃんと悟空の口から聞きたかった。 「えっとぉ…ちっちゃい鬼さんとね、遊んでいてね見つけたのー。でね、三蔵のお花だったのー」 最後まで言わせず、三蔵は悟空を抱き直し、悟空の顔を軽く睨んだ。 「さんぞ?」 もっと怒られるかと思っていたらしい悟空は、三蔵の態度に不思議そうな顔をした。 「足許は良く確認しろ。あまり無茶はするな。いいな?」 三蔵の諭すような言葉の端々に三蔵が心配していた気持ちを見つけた悟空は、「ごめんなさい」と、三蔵の首に抱きついた。 悟空が外で一人で遊ぶようになってから、護衛を兼ねて悟空に付けた小鬼は、いつの間にか悟空と友達になっていたらしい。 「帰るぞ」 腕の中の悟空にそう言って抱え直し、岩陰からこちらを怯えた目で伺っている小鬼に付いてこいと頷いて、三蔵は歩き出したのだった。 三蔵の狩衣の襟に刺した石斛の影と妖に抱かれた子供の影が山道を辿る。 それは夏も盛りの夕暮れ。
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石
斛(せきこく):森林の岩上または老樹の上に着生する野性の蘭。夏に淡紅色の花を二つずつ開く。 |