幽人枕
重陽の節句が終わる頃、妖と人の子の住む神域も外の世界と同じように秋の色に包まれてゆく。 南の日当たりのいい庭先で、子供は一生懸命護衛の小鬼と一緒に何やら作業に勤しんでいた。 「何をしているのやら…」 と、三蔵は小さな笑いを口元に浮かべていた。 そんなことに気付くこともなく、子供は手籠一杯に野菊の花を摘んで来ては、庭に敷いた筵にあけ、また、空になった手籠を下げて、小鬼と一緒に野菊を摘みに庭の奥へ出掛けて行くという作業を熱心に繰り返していた。 その内、筵に溢れる程に野菊の花が山になって。 それを満足げに見渡して、子供はその場に座り込むと、野菊の花びらをむしり始めた。 白い花びら、赤い花びら、薄紅、薄紫…野菊の花びらが手籠に入れられて、残った花芯は、小鬼が美味しそうに食べていた。
夕暮れ、三蔵が庭にいる子供を呼びに行くと、そこに子供の姿はなく、小鬼が丸くなって筵の上で眠っていた。 子供は昨日、三蔵に強請って作ってもらった布袋に手籠に溢れる程集めた野菊の花びらを詰め込んでいた。 簀の子を歩く三蔵の足音に、子供は慌てて袋と手籠を隠し、蔀の影から三蔵の姿を伺うように顔を覗かせた。 「そこにいたのか」 たっと、三蔵の元へ駆け寄れば、三蔵は子供をひょいと抱き上げて、 「夕餉だ」 そう言って、髪に着いていた花びらを摘んだ。 「何を一生懸命してたんだ?」 問えば、子供は、 「へへっ…」 と、照れたように笑って、 「なーいしょぉーなの」 と、しかめつらしい。 「そうか」 と、三蔵はその稚い仕草に笑いを堪えて、賑やかな夕餉は進んだ。
夜半、床を延べた三蔵の元に、子供が昼間一生懸命野菊の花びらを集めて詰めた袋を持って来た。 「さんぞー」 ぴょこんと、板戸の影から顔を覗かせて、廂に立つ子供の姿を認めて、三蔵は手招きした。 「何だ?」 少し驚いたような顔で子供の顔を見れば、 「さんぞーにあげるのー」 と、袋をまた、差し出す。 「俺にくれるのか?」 こくりと頷く仕草に、三蔵は子供の手からその袋を受け取った。 「これは…?」 袋の口を紅掛空色の組紐でぐるぐると不器用に縛ってある。 「作ったのーさんぞーにあげるのぉー」 胸を反らして誇らしげに笑う。 「お前が?」 頷く子供の表情が期待に笑み崩れている。 「そうか…で、これは何だ?」 頷いて、問えば、 「枕なのー」 三蔵の持つ袋に子供は嬉しそうに顔を近づけてすりすりと頬ずりをする。 「枕か…」 ぱふんと、三蔵は床にそれを置き、そろりと頭を載せた。 「おいで」 ぺたんと寝転んだ三蔵の傍らに座り込んで様子を窺っていた子供を引き寄せ、三蔵は腕の中に子供を抱き込んだ。 「イイ匂いー」 三蔵の腕の中でも野菊の香りがするのか、子供が嬉しそうに声を立てて笑った。 「ありがとう」 と、そのまろい頬に唇を寄せたのだった。
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幽人枕(ゆうじんちん):菊の花びらを摘み、これを入れて作った枕。 |