彼岸西風
里から風に乗って鐘の音が聞こえてくる。
白い布が竿の先で風に翻っていた。
ぎゅっと、悟空は傍らの三蔵の手を握りしめて、木々の間から見える葬列を見つめていた。
今年の夏は天候が不順だった。
梅雨の異様な程の長雨が里のあちこちを壊し、芽吹いた作物の芽を腐らせた。
そして、長雨が上がったあと、今度は天の水瓶が底を尽いたように、雨が降らなかった。
けれど、炎天下にもならず、曇った肌寒い日々が続いた。
冷夏と呼ばれる夏のお陰で、作物は育つことなく、或いは枯れ、或いは腐り、或いは芽すら出なかった。
里は外界との接触がほとんど無い山里であったので、隣の里へ助けを求めることもできなかった。
里の人々は粛々と冷夏の季節と不作を受け容れた。
なぜなら、いざという時の蓄えが里にはあったからだった。
が、その蓄えが里人全ての飢えを養えるわけもなく、弱い者から一人、また一人と黄泉路へ旅立って行った。
その旅立った中に、悟空の友達であった子供が何人か含まれていた。
そして、今日、また新たな黄泉路への幼い旅人が生まれた。
「………さんぞ…」
三蔵を呼ぶ悟空の声が震えていた。
木立の影から見送る葬列は、里の子供達の中で悟空と一番仲の良かった子供のものだった。
何も知らせずにいることも出来た三蔵だったが、後で友達の死を知って悟空が悲しむよりはと、知らせたのだった。
その知らせに悟空は一晩泣き明かし、太一の葬式に参列すると言って、聞かなかった。
けれど、三蔵は妖で、こんな厄災の時には禍々しい存在でしかない。
姿を見せればきっと、里人に、太一の家族に迷惑がかかる。
何より妖と知っていて尚、黙って受け容れてくれている里人の好意を無にすることは出来なかった。
だから、どんなに悟空が願っても三蔵に受け容れられることはなかった。
葬式に参列するその代わりに、神域のはずれ、葬列が必ず通る道が見える場所からひっそりと見送ることを許したのだった。
「…太一…もう、帰って来ないの?」
「ああ…黄泉路へ旅に出た」
三蔵の言葉に悟空の躯が揺れる。
「そこって…そこって、寒いの?暗いの?お腹が減るの?」
そう言って三蔵を見上げてきた金瞳は、こぼれ落ちそうな涙で潤んでいた。
三蔵は悟空と手を繋いだまま、悟空の目線にしゃがんだ。
「黄泉への旅路は行く道は暗いらしいが、ちゃんと迎えが来て彼岸へ送ってくれるそうだ」
「ひ、が…ん…?」
「あの世のことだ。そこは飢えも渇きも暑さも寒さもない穏やかな処だという。だから、太一はもう、辛い思いをしなくていいんだ」
「ほんと…?」
「ああ…」
「そっか…よかったぁ…」
三蔵の言葉に、悟空の顔にようやく笑顔が浮かんだ。
その綻んだ頬を溜まっていた涙が滑り落ちてゆく。
その涙を三蔵はそっと手のひらで拭い、悟空を抱き上げた。
「ちゃんと、泣かずに見送ってやれ。お前が笑って見送ってやれば、太一も嬉しいだろうからな」
「うん…」
悟空は三蔵に頷き、小さくなって行く葬列をまた溜まりだした涙を懸命に堪えて、見送った。
そんな二人の周囲を秋の気配を含んだ風が、悟空の気持ちを運ぶように葬列の後を追って行った。
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