雨降り |
雨が降る日の三蔵は、いつもよりもっと無口になる。 それに何となくイライラしてて、恐い。 どうしてだろうとか思うけど、訊いても話してくれなさそうで訊けない。 不機嫌な顔はいつもだけど、雨の日はちょっと違う。
違うんだ。
雨の降る日は、俺でも何となく気分が重くなる。 全てを包み込む優しい歌声。 そんな雨を嫌だと思うのは人間だけ。
「さんぞ、雨が歌ってる」 三蔵の仕事部屋の窓に額をくっつけるようにして外を見ながらそう言うと、三蔵が珍しく仕事の手を止めた気配がした。 「雨が、渇きを癒しなさいって。ゆっくり休みなさいって、優しい声で歌ってる」 何を馬鹿なことを言ってるんだという、呆れたため息が聞こえた。 「なあ、三蔵…」 椅子の方へ回って、三蔵の法衣を引っ張った。 「なあ、外、行かねぇ?」 何をこいつって、顔になる。 「外に散歩に行こうぜ」 もう一度そう言って法衣を引っ張ったら、ハリセンで叩かれた。 「ねえってば、いいじゃんか」 そう言って指さす先に、山のように積み上がった書類があった。
三蔵は、忙しい。 俺が寺院に来たときはそうでもなかったのに今は、とても忙しい。 「なあ、外に行こう。な、な、な」 また、法衣を掴んで引っ張ったら、思いっきり邪険に振り払われた。 「だって、三蔵、雨降ると機嫌悪いし、なんか怖いし・・・・俺、そんなのヤダから・・」 何かそう言いながら、だんだん悔しいような情けないような気分になって、目が熱くなって、床の模様がぼやけて来た。 「何、泣いてやがる?」 疲れたような声に顔を上げれば、呆れ返った三蔵が俺を見てた。 「だって…」 もう、どう言っていいのかわからない。 「ふぇ…」 見れば困ったような色を湛えた紫暗の瞳が、間近にあった。 「…っつたく」 小さく名前を呼んだら、抱き込まれてしまった。
三蔵に抱きしめられるのは好き。
「さん…ぞ?」 法衣に顔をすりつけるようにして名前を呼べば、口づけが降ってきた。 「何してる。行くんだろうが外に」 ちょっと不機嫌で、でも照れてる声で三蔵が俺を呼んだ。 「うん!」 顔が嬉しさにほころんで、思わず三蔵に飛びついた。 「行くぞ」 扉を開ける。 「さんぞ、ありがと。大好き」 って、呟いたら、三蔵が振り返った。 「バカ猿」 ちょっと瞳を眇めて言う。 「猿ってゆーな」 言い返す俺の顔を楽しそうな顔で見返して、外へ出て行った。 「あ、待てよぉ」 慌てて三蔵の後を追いかけた。 「…さんぞ…」 ゆっくり近づくつもりが、駆け寄ってしまっていた。 「さんぞ…ヤダ」 思わず三蔵の法衣を掴んでしまった。 「何だ?」 言いながらぎゅうって握った手に力が入る。 「お前は…」 それだけ呟くように言った三蔵の顔が近づいてきた。
ゆっくりあやすような、宥めるような口づけ。 ふわふわした気持ち良さに、さっきまでの怖い気持ちが消えていく。 「…んっ…ふぅ」 最後に軽く唇に触れて、三蔵の顔が離れた。 「さんぞ…」 見返す三蔵の瞳に俺の顔が映ってるのが見えた。 「側に居るんだろ?何処にも行かないんだろ?」 そう言って俺に確認する。 そんなこと決まってる。 三蔵が、俺をいらないって言っても、離れない。 三蔵の言葉に力一杯頷くと、三蔵の瞳が綺麗な紫に光った。 「バーカ」 そう小さく言って、雨に濡れる庭に三蔵は、顔を向けた。
ねえ、今度はもっと遠くへ一緒に行こうね。
ね、三蔵───雨の歌聞こえた?
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