櫻 ─恋 慕─ |
「また、近々顔を見に来る」 「……ああ」 頷く三蔵の髪に愛しそうに触れて、主人は迎えに来た執事に頷いた。 「ああ、そうだ、明日は園遊会を開く。少々庭先が騒がしくなるだろう」 振り返った肩越しに言われた言葉に、三蔵は軽く眉間に皺を寄せた。 「煩いのは好きじゃないか?でも、これは私の付き合いだから我慢しなさい」 そう言われれば頷かない訳にもいかず、三蔵は小さくため息をこぼして、頷いた。 「わかった」 意外だと主人は瞳を軽く見開いたあと、嬉しそうに笑った。 「いつもそうだと、可愛いのだがな」 三蔵の手に口づけたまま、主人が笑う。 「機嫌を損ねたか?…まあ、いい。その方がお前らしい」 そう言って、主人は楽しそうに笑って、踵を返した。 「次ぎに来る時には、機嫌を直しておけ」 ひらひらと、背中を向けたまま三蔵に手を振り、主人は離れて佇む執事を促して、母家に戻って行った。 昨夜、散々嬲られた躯は動けばぎしぎしと音がしそうな程で、どうしようもない怠さに三蔵は部屋へ辿り着く前に、庭が見える濡れ縁の端に我慢できずに、座り込んでしまった。 「…雪?」 濡れ縁から身を乗り出すようにして見上げれば、晴れた空から白い欠片が舞い降りてくるのが見えた。 「……桜…か」 手を差し出して白い花びらを手に受けた途端、ぶるりと躯を振るわせた三蔵の頬を一筋の涙が伝った。
桜の散り始めた春の盛り、三蔵は悟空と出逢った。 そして、忘れられない面影は日を重ねるごとに三蔵の中で根を張り、知らずに大きく育っていく。 けれど、名前しか知らない。 温かかった腕と甘かった口付け。 そして、投げかけられた問いと、
問われた問いの答えを呟いて、その先の願いを呑み込んで、三蔵は濡れ縁に身体を横たえたのだった。
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