寺院の鐘楼に金色の瞳のあの子供を見つけた。
欲してやまぬ金の光に満ちた子供。
五百年前、全ての記憶を消され、己の犯した罪によって岩牢に封じられた。
それを知ったのは、子供が封じられた後。
子供を庇護していた金色の男の死を知ったのも、子供が封じられた後。
そう、新しい任務に就いた後。
岩牢に何度か子供の様子を見に行った。
子供は、あの光に満ちた笑顔を失っていた。
生気に輝く金色の瞳はぼんやりと翳り、岩牢の奥に踞っていた。
あの幸せそうな、大輪の花がほころぶような笑顔を取り戻してやりたい。
望むもの全てを与えてやりたい。
今ならこの手に───
差し出した手は、拒絶された。
自分に封印は解けないどころか、岩牢に近づくことさえ出来ない。
当然、触れることも叶わない。
子供を救い出せない己の無力さに腹が立った。
子供を置いて逝ってしまった金色のあいつにも腹が立った。
どんなことをしてもあの子供を手に入れると誓って、時を待っていた。
そのことがこんな結果を招いてしまった。
目の前に傷つき、助けを、縋る手を求める子供がいるのに・・・自分の無力さを呪った。
岩牢の子供の悲しみと孤独を歯がみする思いで見つめて、五百年経った。
子供の様子を見に久しぶりに岩牢へ行けば、金の髪を頂き、夜明け前の瞳をした少年が、子供に手を差し出していた。
牢の中の子供は、その差し出された手に向かっておずおずと手を伸ばす。
二人の手が触れ合った途端、自分がどんなに近づいても拒絶してきた岩牢が崩れ、子供を縛ってきた鎖が消えた。
その時知った。
子供に手を差し出した不機嫌な顔をした少年が、誰か。
それほどに二人の絆は深いのか…
金の輝きを抱いた夜明け前の瞳の少年
──あの子供が大切にしていた金色のあいつ
二人が山を下りる姿を、頂から見つめる。
その瞳に暗い翳りが宿った。
そして──
子供があの金の髪の男と暮らす寺院の鐘楼にその姿を見つけた。
岩牢を出て何年か経っているにも関わらず、子供はあまり成長している風には見えなかった。
小さな身体を鐘楼の柱に預けて、じっと寺院の正面に延びる道を見つめている。
誰かを待って…ああ、あいつを待っているのか。そんな切なげな瞳で…
自分ならそんな瞳はさせない。
子供の望むもの全てを与えてやるのに。
無防備な姿をそのまま攫って行きたい衝動に駆られる。
が、動けない。
子供の切なげな瞳が、あの男を待っているとわかるから。
手に入れた時、いや、今あの男と離してこの子供は生きてゆけるのか、その不安が胸を過ぎる。
任務の合間にかいま見る子供は、いつもひとりになると切なげに金の瞳を揺らしている。
金色を頂くあの男の側に居る時だけ、その切なさが消える。
光に満ちたあの笑顔が生まれる。
まだ、時は来ないのか。
このまま待ち続けるしかないのか。
ジレンマに握った拳が白くなる。
子供はじっと寺院の前の道を見つめている。
その姿が、あまりにも淋しげで、遂に我慢できずに声を掛けた。
「おい、坊ず」
その声に、子供が弾かれたように振り返った。
そこに男が立っていた。
顔は陰に入って見えない。
金色の瞳が、驚きに見開かれる。
「…誰?」
驚いたのもつかの間、声の主に警戒する。
「ひとりか?」
子供の警戒心など知らぬげに声の主は近づく。
子供は後ずさる。
「誰だよ?」
睨みつけてくる瞳にさっきまでの切なさはない。
近づいてくる男の口元がほころぶのが見える。
「!?」
顔の半分を陰に隠して男は、子供の腕を掴むと、その小さな身体を抱き込んだ。
見た目以上に細い身体と柔らかな匂い。
あまりの突然の出来事に、子供は抗う事を忘れたかのようにされるがままになっている。
たぶん驚きで固まっているのだろう。
子供の肩先に金の光が撥ねた。
「今は幸せか?」
抱き込んだ子供の肩が震える。
視界に金の光が、鐘楼に立つ自分を見つけたのだろう、急いでいる姿が見えた。
気付いたか…?
子供をもう一度抱きしめると、そっと手を離した。
子供は、大きな金の瞳を見開いたまま立ちつくしている。
「また、会おう」
そう言って、子供を抱きしめた男は姿を消した。
子供は、男の消えた後を呆然と見つめていた。
金色を頂く男が、鐘楼の下に辿り着くと、子供を呼んだ。
その声に子供は我に返ると、鐘楼の下を覗き込む。
そこに待ちわびた金の光を見いだすと、嬉しそうに手を振った。
もう、自分を抱きしめた不審な男のことは、どこかへ追いやられている。
子供は、下で待つ金色の男の元へ駆け下りて行く。
鐘楼の戸口から男に飛びつくように抱きつく。
抱きつかれた金色の男は、子供の身体を受け止めながら訝しげな瞳を鐘楼の上に向けた。
子供は、そんな男のそぶりに気付くことなく、まとわりつきながら、話しかけている。
鐘楼から視線を子供に移した男は、頭痛をこらえるようにこめかみに手をやると、ため息を一つつく。
なおもまとわりつく子供をうるさそうにあしらいながら、金色の男は寺院の建物のなかに子供と入って行った。
腕に子供のぬくもりが残る。
子供に触れた部分が熱を持ったように疼く。
ますます手元に置いておきたくなる。
必ず、この手に…
触れて思い知る。
今だけ、手元に預けておく。
新たに誓う。
手遅れになる前に。
五百年前と同じ鉄は踏まない。
もうすぐ時は満ちる。
今度、その手を掴むのは自分だと、二人の消えた寺院の建物を見つめる瞳に焔が灯った。
二人の出会いまで、後少し……
end
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