紅の酒

朱塗りの杯に映る燭台の火影。
ざわざわと揺れる木々の向こうは晴れ渡った夜空を星の大河が流れ下る。
微かな虫の鳴き声が、静寂を彩る他は、木々を揺らす風の音だけの静かな夜。

三蔵は立てた片膝に頬を預け、伸ばしたもう片方の足を枕に眠る養い子を見下ろした。

健やかな寝息を立て、幸せそうに眠る。
昼間たくさん遊んだのだろうまた、日焼けした肌が色濃くなっている。
風呂上がりの湿った髪の冷たさが、火照った身体に心地良い。

乾いた前髪に触れて、三蔵は口元を綻ばせた。

今年もまた、笙玄と菊花酒を作るのだと、大騒ぎをしていた。
たった一晩のためだけの紅色の酒。
燭台の灯りに浮かぶ影は、紅と言うよりも黒く、夜闇の色を映している。

「これは去年ので、うんと…これが、一昨年、そんで、これがその前の分で…」

綺麗な形の硝子瓶に入れ、いつ作ったかわかるようにラベルを貼って。
嬉しそうに三蔵の前に並べる。

「今年のは、来年に飲めるんだって、笙玄が言ってたから、今年はこの中から三蔵の好きなのを選んでくれよな」

さあ、どうぞと、誇らしげな顔で三蔵に指し示す菊花酒の数に、三蔵は微かに瞳を見開いた。
並べられた数に、それだけこの子供と暮らした年月が見える。
短いようで、意外と長かったのだと思えば、お互いの忍耐の強さに感心する。

すぐに出て行くだろう、すぐに追い出されるだろう、そんなことを思った日が一体何日、何回あったことか。

連れて帰る旅路での出来事も、そこで交わした誓いも、約束も、実際の暮らしが入れば夢のような出来事のように思えて。
先の側仕えが起こした騒動も、振り返れば今の生活のために必要な出来事だったのかも知れないなどと思えてしまう。

「随分な数だな…」

手近な瓶を手にとってしげしげと眺めれば、

「そ、だね。いつの間にかこんなにたくさん……たくさん増えててさ、俺、嬉しい」

子供は瓶の頭を撫でるように触って、本当に嬉しそうに笑って見せるから、

「そうか…」

頷いてやることしか出来なかった。

「うん!」

三蔵の返事に、子供は大きく頷いて、

「どれにする?」

と、問うから、

「一番古いのにするか?」

と、問い返せば、

「了解」

ぱっと、頷いて、自分が並べた一番三蔵から遠い所に置いた瓶を取った。

「はい」

差し出された瓶の菊花酒は、夕闇の仄かな明るさの中で、濃く澄んだ紅色に光っていた。

燭台の火影の映る紅の酒を一息に煽れば、菊の花の独特の香りが口内に広がる。
かたんと、乾いた音をさせて杯を置き、紅の酒を注げば、また、燭台の火影が姿を見せる。

「……あと何本…これが並ぶのやら…」

床に並べたままの菊花酒の瓶を眺めやり、三蔵は子供と側仕えの賑やかな姿を思い出し、いつまでも繰り返される風景であればいいと、紅の酒に濡れた口元に笑みが浮かんだ。




end

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