はらはらと赤く色づいた木の葉が落ちる。

まるで行く秋を惜しむように。

来る季節を拒むように。

色鮮やかに燃え上がる山の赤に子供は何を見るのだろう。




暮 秋




山の頂に天を掴もうとでもするように空へ腕を伸ばす木々。
燃える赤、仄かなオレンジ、黄金の黄色、若葉の緑、深く佇む深緑。
山はこれから訪れようとする季節を拒むかのように錦を纏い、行こうとする秋をつなぎ止める。

大地の子供はその山の中に佇み、憂いを秘めた黄金を木々に向ける。

「…大丈夫、何も心配しないで…」

腕に抱く産毛の抜けたばかりの鷹の子供に。
小さく震える身体を愛おしむようにそっと抱きしめる。



はらはらとかさこそと静かな音を立てて色づいた葉が降り積もる。
愛しい子供を隠すように。



小さく、鋭く鷹が鳴いた。
澄んだその声は静かな山に響き渡る。

「決心、付いたんだ…」

金の瞳を和ませて悟空は笑うと、そっと鷹を抱いていた腕を空に向かって差し出した。
その掌に足を踏ん張って立つと、若々しい翼を広げた。
その翼に、秋の緩やかな陽ざしが跳ねる。

「元気でな…」

別れを惜しむような声音で悟空が告げる。
鷹は小さく喉を鳴らすと、二、三度感触を確かめるように翼をはためかせた。
そしてもう一度、今度は先程より強く、鋭い鳴き声を上げる。

「…じゃあな」

大地の子供は伸ばした腕に反動を付けて空に向かって振り上げた。
その反動を利用して、鷹は秋の高い大空に舞い上がった。
鳴き声を長く、高く上げながら頂きに佇む大地の子供との別れを惜しむように空を旋回し、やがて山の遙か奥へとその姿を消した。






静かに鷹の行ってしまった空を見つめる悟空の背中に、静かなそれでいて染みいるような声がかけられた。

「行ったか?」
「…うん」

振り返ることなく悟空は頷く。

「そうか…」
「うん…」






はらりかさりと木の葉が舞う。
行く秋を惜しむように。
来る季節を拒むように。






「帰るぞ」

踵を返す気配に悟空が振り返れば、白い姿が色づく木の葉に染まって。




まるでそれは・・・・・。




「三蔵──っ!」

不意に上げた声と共に風が巻き起こり、悟空と三蔵の間を覆い隠す。
構わず悟空は走り抜け、驚いたように自分を見返す三蔵に抱きついた。

「三蔵、三蔵、さんぞ…さ、んぞ…」

ぎゅっと渾身の力を入れて三蔵の腰に縋りつく。
その小刻みに震える身体に、今にも泣き出しそうな声音に、三蔵は苦笑を浮かべて悟空の背中にそっと腕を回してやった。

「どうした?」

と、いつになく優しい声音で問えば、悟空は小さく首を振る。

「変な奴…」

それ以上問うこともせず、三蔵は頂から見える山の姿に視線を移した。
燃え上がる山の秋を惜しむ姿に、その紫暗を細めてしばし見入る。

澄んだ空気が腕の中の悟空を癒してゆく。

還せと迫る声が煩くなる季節。
大地の愛し子を迎えるために、より一層鮮やかさを増す季節。
来る季節の厳しさの前に、愛し子をそのかいなに抱くために。

還さないと何度言えば、諦めるのだろう。
この手に掴んだこの存在を、生きる全てを手放すことなど無いというのに。




還さねえよ…




声に出さない呟きは、錦を纏う山にとけて風を呼ぶ。




こいつは、俺のなんだよ















連れて行かれるのかと思った。

燃える山のその姿の中に消えてしまいそうで、恐くなった。



三蔵を失う恐怖。



頭から氷柱で刺し貫かれた気がした。

慌てて抱きつけば、仄かな香の香りと三蔵の香り。
確かなぬくもりと鼓動。

置いていかないで、一人にしないで。
何も望まないから、一緒にいて。




燃える山があまりに美しくて、助けた鷹を離すのを口実にこんな山の奥の頂まで連れてきた。
見せたくて、一緒に見たくて。
なのに、山が三蔵を取ろうとする。
大切な太陽を。

びっくりして、悲しくて、何より恐くて、思わずしがみついた。

受けとめてくれる腕は暖かくて、優しくて。

「さんぞ…」

名前を呼ぶことしかできなくて。
ようやく顔を上げれば、澄んだ紫暗が悟空を見返していた。

「…悟空」

紡がれた己の名前に、悟空は一瞬肩を揺らす。

「さん、ぞ…」

薄い水晶の膜を煌めかせて、視線は重なる。

「…側に居てね、何処にも行かないでね」
「ああ」
「ホントだよ?」
「…ああ」
「さんぞ…大好き……」

そう言って笑う儚げな微笑みに、三蔵も滅多に見せない穏やかな微笑みを浮かべた。




そして─────




「…お前もな…」

言葉と共に口付けが落とされた。






はらはらと色づいた木の葉が舞い落ちる。
かさかさと木の葉が降り積もる。

燃える錦に彩られ、山は行く秋を惜しむ。
来る季節を拒むように。

最後の一葉が落ちるその時まで。




end




リクエスト:三空甘々で、三蔵が珍しく悟空を甘やかしているお話。
4444Hit ありがとうございました。
謹んで、真十字 司 様に捧げます。
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