雨のように紅葉が降る
|
capriccio |
世界が色付く季節。 それは大地が汚れを払う季節。 大地の申し子である少年も然り。 大地からの気に浄化され、その身に堪った澱みを消し去る。 そして、大地が愛し子の手を引く季節。 いつものように、大地は還ってこいと、悟空にその腕を伸ばしていた。 「還らないって何度も言わせんなよ」 と、まろい頬を膨らませて、差し出された手を悟空は振り払った。 「何なんだよぉ…」 掴まれまいと、飛び退きながら悟空は首を捻った。 「何か…あんの?」 その余りな態度に、悟空は逃げることを止めて問いかけた。 「……っぁ…な、に…が…」 息の付けない痛みに悟空は胸の辺りを握りしめ、膝を付いた。 「痛…い…」 落ち葉の中に倒れ込もうとする身体を腕を付いて支えれば、風が自分も悟空を支えようと悟空の身体にまとわりつく。 「………こ、え…?!」 呟いた途端、へたんと、俯せるように落ち葉の中に倒れ込んだ悟空はころりと仰向いた。 「…聲……?」 荒い息のまま呟けば、何かが悟空の琴線に触れてきた。 「聲が…聴こえる……聲?」 微かに悟空の頭の奥で聴こえている聲。 「……誰…の…───っ!!」 がばっと、身体を起こした。 「どこ?案内してっ!」 言うなり、悟空は差し出された手を取って、走り出した。
「悟空、笙玄、出掛けてくる」 そう言って、三蔵が難しい顔付きで寝所に戻ってきたのは確か、三蔵の誕生日の三日前だった。 「どこに?」 驚く二人の質問に、三蔵は身支度をしながら、 「三仏神の下命だ。二、三日…もう少し掛かるか…ま、五日ほどで戻れるはずだ。だから、行事には出られねえと、ジジイ共に言っておけ」 と、笙玄に言い、 「お前は留守番だ」 と、悟空を指差して言った。 「何で?妖怪退治だろ?」 三蔵の言葉にむっとして、悟空が詰め寄れば、 「違うから安心して留守番してろ」 ぽん、と悟空の頭を叩いて三蔵は踵を返した。 「行ってくる」 ふわりと笑って三蔵は出掛けて行ったのだ。 なのに…今のこの胸の不安は何だというのだろう。 「あれって…三蔵に何かあったってこと…だよな…」 走りながら悟空は胸を苛む痛みが、三蔵の危機的状況を知らせているような気がして、走る速度を出来るだけ上げた。
何事もなく仕事を終えて帰院するはずだった。 「…ったく、面倒くせぇ」 その呟きを強がりと取ったのか、野盗の間から嗤いが漏れる。 「坊さんよ、金目のもの全部出してもらおうか」 手にした円月刀をこれ見よがしにちらつかせて三蔵に迫ってくる。 「ねえよ、そんなもん」 言うなり、三蔵は銃の引き金を引いた。 「てめぇ…このクソ坊主がっ!」 わっと、押し迫ってくる野盗達に続けざまに銃を撃ち、三蔵は何人かを血祭りに上げた。 「野郎っ!」 逃げ出した三蔵の姿に、一瞬、毒気を抜かれたように見送った生き残った野盗達が目の色を変えて三蔵を追い始めた。 「マジかよ」 大きな舌打ちを漏らして、三蔵は引き金を引いた。 「しつこい…」 木々の間を抜けて、灌木の茂みを飛び越えて、三蔵は走った。 「ええい、鬱陶しいっ」 銃を握ったままの手を力一杯振り下ろせば、すぐ後ろに迫っていた野盗の呻き声が聞こえた。 「観念しな」 にやにやと手にした刀を閃かせ、野盗達が三蔵へ迫る。 「な…──っ!?」 反射的に顔を庇う。 「!!」 ざわりと走った悪寒に身体が揺れたその時、三蔵は投げ出された。 「な…何が…」 訳がわからずに顔を庇う為に覆っていた腕を下げれば、そこに広がるのは溢れる程の色だった。
大地と自然に手を引かれるようにして走っていた悟空は、三蔵と戦っていた野盗達と出くわした。 「くっそう、せっかくの坊主を逃がしちまった」 野盗達の言葉に悟空の瞳がすっと、細められた。 「お前ら何言ってんのさ」 悟空の静かな声に野盗達が嗤い、悟空に飛びかかった。 「あの金髪の坊主と同じ目に遭わせてやるよ」 そう言って嘲るように、無防備に立つ悟空目がけて刀を振り下ろす。 「金髪の坊主…?そいつに何したのさ」 ぎりっと、ねじり上げれば、野盗の腕の骨が軋む。 「おぁ…襲ったんだよ、このクソガキっ」 腕を掴まれた野盗とは違う者が悟空の問いかけに答えるなり、切り込む。 「よくも三蔵を…っ!」 幼い悟空の怪力に野盗達はたたらを踏み、悟空を襲うことを躊躇する。
最後の一人を叩き伏せ、悟空は如意棒を戻した。 「……何?」 問えば、風が向こうだと悟空を促す。 やがて辿り着いたそこは、以前、三蔵のためにと見つけた椛の林だった。 「ここは…」 林の入り口で立ち止まった悟空の背中を風が押し、自然が手を引っ張る。 「…ここにいるんだ」 頷いて気配を探れば、確かにそれはよく見知った大切な人の気配で。 「…三蔵…?」 小さく三蔵の名前を呼べば、振り向く気配がした。 「三蔵っ!」 姿を認めた途端、走って近づけば、血の匂いがした。 「……怪我…してる」 言えば、 「もう乾いてる」 と、返事が返った。 「…みんなが連れてきてくれた」 と、答えれば、三蔵の瞳が見開かれたかと思うと、あからさまに不機嫌な顔になった。 「何?」 暖かな三蔵の手の感触に笑顔を深めれば、 「何、泣いてやがる?」 と、言われた。 「あはは…何で…──っうぅ…」 笑って見せた悟空の顔はあっという間に歪んで、幼い身体が三蔵の腰に抱きついてきた。
「すっげえ胸が痛くて、ドキドキして、怖かった…」 帰る道すがら悟空は怒ったように三蔵にそう告げた。 「…せっかくの誕生日が命日になるなんて洒落になんないかんな」 言われて、今日が何の日か三蔵は思い出した。 「──もうっ、聞いてるのかよ!」 三蔵の態度に悟空がむうっとむくれれば、 「聞いてるよ、サル」 そう言って、ぽんと、悟空の頭を叩いたのだった。
end |
close |