Chocolate |
「三蔵、チョコレートもらった!」 夕方、もうそろそろ仕事の区切りが付く頃、小猿が執務室に飛び込んできた。 「静かに入って来いって言ってるだろうが!」 見事に当たったハリセンの痛みに頭を抱えて、悟空は戸口に蹲った。 「痛ってぇ…!」 涙の滲んだ瞳で執務机の三蔵を見れば、素知らぬ振りで仕事を再開していた。 「なあ、さんぞ」 目を落とした書類から顔を上げることなく、三蔵が聞き返してくる。 「これ、もらった」 自分の方を向いてくれない三蔵の目の前に包みを突き出す。 「な…」 すねた声に見やれば、ぷうっと頬を膨らませた悟空が立っていた。 「さんぞ、なあ、これ」 ため息混じりに聞いてやれば、 「チョコレート」 と、言ってメタリックレッドの包みを三蔵に手渡した。 「チョコレート?!」 嬉しそうに頷く悟空の笑顔に、三蔵は複雑な気分になる。 この小猿は、自分が何故、今日チョコレートをもらったのか、その意味を知らない。 悟空は、自分に寄せられる好意には実に素直だ。 それでも恋愛感情は、持ち合わせていた。 時間はかかったが、三蔵の思いに悟空は答えた。 今更、他の奴に悟空を渡すことなど、三蔵は考えられなかった。 それだけはできない。 では、どうすればいいのか、三蔵は軽い頭痛を覚えて、微かに瞳を眇めた。
その女の子は、山門の石段に座って悟空を待っていた。 「何?」 自分を呼び止めた女の子を悟空は、きょとんとした顔で見やった。 「??」 突きつけるように差し出されたメタリックレッドの包みを悟空は反射的に受け取った。 「う、うん。ありがと」 女の子は、頬を桜色に染めてそれだけ言うと、悟空の返事も待たずに街の方へ駆け出して行った。 「いいか、知らねえ奴からは物をもらうな。知ってる奴からも物はできるだけもらうな。もし、もらったらもらったそのままで、まず俺に見せろ。俺が居なかったら笙玄に見せろ。笙玄も俺も居なかったら、どっちかが戻ってくるまで、開けたり、食ったりするな」 と言うものだった。
何故、こんなまどろっこしい言いつけを悟空にさせたのか。
それは、以前、何も知らないまま、寺院の修行僧から食べ物をもらい、三蔵に報告しないで口にした悟空は、その食べ物に仕込まれた薬の所為で一週間以上寝込み、生死の境を彷徨った。 無防備に好意を見せて寄ってくるものを信じてしまう悟空。 だから、言いつけという名の約束が生まれた。
悟空は、もう一度包みを見ると、三蔵に報告すべく回廊を走りだした。
「なあ、それ食べてもいいか?」 待ちきれなくなった悟空が、三蔵の僧衣の袖を引いた。 「ああ、食っていい」 言うなり、三蔵の手から包みを取ると、メタリックレッドの包みを開く。 「うめぇ!さんぞ、これ美味い」 三蔵を見た悟空の顔が、チョコレートの美味しさに輝いている。 「さんぞも食べてみろよ」 一つチョコレートを取ると、三蔵の口元へ持っていく。 その金と紫が合った。 そう思った途端、悟空は三蔵の腕の中にいた。 「さんぞ?!」 呼ぶ声に唇が重ねられた。 「んっ…」 重ねられた唇から伝わる甘さに悟空は、目眩を覚える。 離された口づけに悟空は、顔に朱を登らせて三蔵を軽く睨んだ。 「な、何すんだよ」 抗議の言葉を無視して告げられた言葉に、さらに悟空の顔が赤く染まる。 「猿ってゆーな。エロぼーず」 答える口調にからかいを含ませて、三蔵の紫暗がほころぶ。 「離せよ、チョコ食べるんだから」 言えば、 「後で食え」 言葉と共に口づけが降って来た。 「…エロ…ぼー……ず」 それは、思いを告げる日の出来事。 今は、まだ… やがて知るその日は、その両手一杯に溢れるほどの思いをお前にやろう。
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