大好きなのに ずっと傍に居たいのに
Contrary
別に何がどうと言うわけではなかった。 三蔵に何か言われるたびに、気持ちとは反対の言葉が出る。 素直に聞きたいのに。 自分で自分の気持ちを持て余す日々が、ずいぶんと続いていた。 三蔵が仕事で出かける時、行ってらっしゃいが言えない。 そんな二人を見ていたくなくて、最近は、朝ご飯もそこそこに裏山へ逃げてくる。 「うん……俺、三蔵のこと大好きなのに、ずっと側にいたいのに、何で喧嘩になるようなことばっかり言っちゃうんだろう」 腕に抱いた野ウサギの柔らかい毛並みに鼻先を埋めて、ため息を吐く。 「違う、嫌いになんてなってない。嫌いになるわけない……」 風が運ぶ大地の声に悟空の金の瞳が、微かに潤む。 「大好きなんだからぁ…」 持て余す気持ちに悟空は遂に泣き出してしまった。
久しぶりの三蔵の休みの日、悟空は最悪な気分で目が覚めた。 昨夜、久しぶりに、本当に久しぶりに優しい三蔵の手の中にいたのに。
振り払った三蔵の手が、寂しそうだった。 「……したく、ない」 すっと、三蔵の空気が冷えた。 「やだっ!三蔵と、したくない」 震える手で三蔵を押しのけようと、突っ張り、身体をよじる。 「やだぁ、離し───っん…」 抗う身体を三蔵は、怒りのままに蹂躙する。 「──…っは……やだ…ぁ」 飲み込めきれなかった唾液が悟空の顎を伝い、泣き濡れた金の瞳が三蔵を拒絶する。 「…や……ふぇっ…だぁ…──」 泣き続ける悟空をそのままに三蔵は寝室を出ていったきり、その夜は戻ってこなかった。
明るく穏やかな声で笙玄が泣きはらした顔で起きてきた悟空に声をかけた。 「朝ご飯の用意が出来てますよ」 その声に食卓を見れば、二人分の朝食が用意されていた。
「……ない」 悟空はきっと笙玄を睨むと、外へ飛び出して行った。
「お帰りなさいませ。散歩にお出かけだったんですか?」 返事をしながら開いたままの扉を振り返っている。 「今のは、サルか?」 三蔵の眉が顰められる。 「……バカ猿」 三蔵は投げ捨てるように言うと、食卓について食事を始めた。
街へ降りる日、珍しく三蔵が悟空を連れて行くと言った。 「行くぞ」 ぷいっと横を向く。 「悟空?」 三蔵にも笙玄にも背を向けて、悟空は頑なに拒絶する。 「なら、留守番してろ」 背を向けたままの悟空に投げつけるように言うと、三蔵は出かけて行った。
その日、笙玄の手伝いをすると言って譲らなかった。 「俺がする!」 握って離さない書類の束を見て、三蔵が執務机の向こうから呆れた声で注意する。 「やめとけ」 譲らない悟空に三蔵の堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減にしやがれ、サル!」 三蔵の怒鳴り声に悟空は、一瞬黙り込む。 「悟空、お手伝いはとても嬉しいのですが、その書類はとても急ぎますので、私が僧正様の所へ持って行って、御裁可を頂かないといけないのです」 視線を合わせて話す笙玄の顔を少し潤んだ金眼で睨むように悟空は、見つめる。 「悟空、それが終わったらお手伝いをお願いしますね」 渋々頷いた悟空は、握りしめていた書類を笙玄に渡した。 「ありがとうございます」 と、礼を言った。
ある日の夜、忙しい公務をようやく終えて、寝床に入れば、悟空が寝台の上に飛び乗って来た。 「さんぞ、しよ?」 何をこのサルは、言っている?そう思う気持ちそのままの返事が、返る。 「今日は、したいの」 小首を傾げ、欲情して潤んだ金の瞳で三蔵を見つめる。 「ふざけんな」 そう言いながら、三蔵の夜着をはだけようと横になっている三蔵に乗り上げてくる。 「やめろ、サル」 華奢な身体を押しのける。 「寝ろ!」 しがみつこうとする悟空の身体を抱え上げると、三蔵は隣の悟空の寝台に放り投げた。 「さんぞぉ」 三蔵は泣きそうな悟空の声を無視して、さっさと寝台に戻ると眠ってしまった。
身体を重ねることも、側にいることもあんなに嬉しかったのに。
「悟空、美味しいお菓子を頂いたのですが、食べませんか?」 昼過ぎに戻ってきた悟空に、笙玄は菓子を差し出した。 「いらない」 日頃の悟空の食欲を考えれば、ここしばらくの食欲不振は容易ならざる事態だ。 「ほっといてよ」 と、差し出された手を振り払った。 「…あっ」 落ちてつぶれる菓子を見つめる悟空の顔が、今にも泣きそうに歪んだ。 「悟空」 笙玄が名を呼べば、悟空はその声を振り切るように、寝所を走り出て行った。 「反抗期ですね」 三蔵が、何だ?と言う顔をする。 「反抗期ですよ」 納得したと言う顔で頷く笙玄に三蔵は怪訝な顔をする。 「自己主張っていうか、こう天の邪鬼な気持ちになって、自分でもどうしていいのか判らない時期なんですよ」 笑いながらそう言う笙玄の話に三蔵は、益々訳が分からないという顔をする。 「悟空も成長してるってことですよ」 楽しそうに一人納得して笑う笙玄を三蔵は、訳が分からない顔から呆れた表情になって、ため息を吐いた。
そうするしかないと言った雰囲気で三蔵に告げる笙玄を三蔵は、いい加減にしてくれと暗に含ませた声音で笙玄を呼んだ。 「…笙玄」 なんですか?と三蔵を見返した笙玄の顔に、紛れもなく楽しいと書かれていることを読みとった三蔵は、げんなりした気分になった。 「ほっときゃいいんだな」 と、確認する三蔵に笙玄は、 「はい」 と頷く。 「まあ、好きにするさ」 小さく呟くと、三蔵は再び新聞に目を落とした。
その日の夜、夕食後から少し素直になった悟空は、三蔵の誘いに素直に従った。 「やだぁ…行かないでよぉ…俺、三蔵の側に居たいのにぃ──」 言いながらぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。 「ったく……」 金糸を掻き上げ、寝台の悟空に向き直る。 「何処にも行っちゃやだぁ」 まるでだだっ子のよう。 「バカ・・猿」 苦笑が三蔵の口元をほころばす。 「やだぁ…ふぇぇ」 幼い仕草で泣き出した悟空に、三蔵は折れるしかなかった。 「泣くな」 そっと抱き込んでやれば、悟空は三蔵の背中に手を回し、しがみついてくる。 「もう、寝ろ」 くぐもった声が胸の辺りから聞こえる。 「悟空…」 静かに名を呼べば、ゆっくりと悟空は顔を上げた。 そこに咲く金色の花。 涙の滴に濡れ、ほんのりと赤く色付くその花に三蔵は、触れるだけの口づけを送る。 「寝ろ、明日は早い」 小さく返された返事が、もう濡れていないことを確認すると、三蔵はゆっくり眠りに落ちていった。
明日は、もう少し素直になろう 大人への階段を今ひとつ上る
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リクエスト:三空で、テーマは「悟空の反抗期」 |
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ありがとうございました。 謹んで、神樹様に捧げます。 |
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