大好きなのに

ずっと傍に居たいのに




Contrary




別に何がどうと言うわけではなかった。

三蔵に何か言われるたびに、気持ちとは反対の言葉が出る。
笙玄に何か言われるたびに、傷つける言葉が出る。

素直に聞きたいのに。
ちゃんと話がしたいのに。

自分で自分の気持ちを持て余す日々が、ずいぶんと続いていた。

三蔵が仕事で出かける時、行ってらっしゃいが言えない。
帰ってきても、お帰りって笑えない。
遊んでくれないと聞き届けてもらうまで、言い募り三蔵を怒らせる。
一緒に寝てくれないと、泣く。
些細なことが気に掛かり、気に入らない。
触れてくる三蔵の手が嬉しいのに、嫌だと逃げた。
悟空の行動が、三蔵の不機嫌を煽り、笙玄の顔を困惑の色に染めた。

そんな二人を見ていたくなくて、最近は、朝ご飯もそこそこに裏山へ逃げてくる。
大地に棲むモノたちは、元気のない悟空を心配してくれる。

「うん……俺、三蔵のこと大好きなのに、ずっと側にいたいのに、何で喧嘩になるようなことばっかり言っちゃうんだろう」

腕に抱いた野ウサギの柔らかい毛並みに鼻先を埋めて、ため息を吐く。

「違う、嫌いになんてなってない。嫌いになるわけない……」

風が運ぶ大地の声に悟空の金の瞳が、微かに潤む。

「大好きなんだからぁ…」

持て余す気持ちに悟空は遂に泣き出してしまった。
そんな悟空を宥めるように、大地は悟空の身体を包み込んだ。



悟空の思いをよそに、状況は改善する兆しは見えなかった。











久しぶりの三蔵の休みの日、悟空は最悪な気分で目が覚めた。

昨夜、久しぶりに、本当に久しぶりに優しい三蔵の手の中にいたのに。
辿る指先の甘さに泣きそうな程に嬉しかったのに。




「やだっ!」
「悟空…?」

振り払った三蔵の手が、寂しそうだった。
戸惑った紫暗の瞳。

「……したく、ない」
「何だと?」

すっと、三蔵の空気が冷えた。
つい今まで抵抗しながらも受け入れていた行為の熱に疼く身体を無防備に三蔵の身体の下に曝しながら、悟空は潤みきった瞳で三蔵を睨み返した。

「やだっ!三蔵と、したくない」
「てめぇ…」

震える手で三蔵を押しのけようと、突っ張り、身体をよじる。
いつもならそんな仕草さえ、三蔵の雄を煽ると言うのに今日に限っては、三蔵の怒りに火をつけた。

「やだぁ、離し───っん…」

抗う身体を三蔵は、怒りのままに蹂躙する。
噛みつくような口づけを頭を振って逃げようとする悟空を押さえつけ、三蔵は悟空の身体から力が抜けるまで、その口腔を貪った。

「──…っは……やだ…ぁ」

飲み込めきれなかった唾液が悟空の顎を伝い、泣き濡れた金の瞳が三蔵を拒絶する。
その姿に三蔵はぎりっと、奥歯を噛みしめると、悟空の身体を離した。

「…や……ふぇっ…だぁ…──」

泣き続ける悟空をそのままに三蔵は寝室を出ていったきり、その夜は戻ってこなかった。




「おはようございます、悟空」
「……はよ…」

明るく穏やかな声で笙玄が泣きはらした顔で起きてきた悟空に声をかけた。
笙玄は悟空に気づかれないように眉を顰めたが、それについて何も言わなかった。

「朝ご飯の用意が出来てますよ」

その声に食卓を見れば、二人分の朝食が用意されていた。


三蔵もまだなんだ…


昨夜の三蔵の怒りに染まった紫暗の瞳が、ふと思い出されて悟空は唇を噛んだ。
うつむく悟空に笙玄が、どうしたのかと声をかけた。

「……ない」
「はい?」
「いらないっ」
「食べないと、持ちませんよ」
「いいっ!」

悟空はきっと笙玄を睨むと、外へ飛び出して行った。
それと入れ違いに三蔵が、不機嫌なオーラを撒き散らして戻ってきた。
その様子と悟空の様子に笙玄は昨夜、何があったか大方の察しが付いた。


三蔵様もお気の毒に……悟空も困ったモノですねぇ


笙玄はため息を吐きたい思いを隠して、三蔵を出迎えた。

「お帰りなさいませ。散歩にお出かけだったんですか?」
「ああ…」

返事をしながら開いたままの扉を振り返っている。

「今のは、サルか?」
「はい、食事はいらないと…」

三蔵の眉が顰められる。

「……バカ猿」
「ここ最近、ずっとあんな調子ですねぇ。何かあったんでしょうか?」
「ふん、俺が知るか」
「でも…」
「ほっとけ」

三蔵は投げ捨てるように言うと、食卓について食事を始めた。






街へ降りる日、珍しく三蔵が悟空を連れて行くと言った。
用意をしてもう出かけると言う段になって、悟空は行かないと言い出した。

「行くぞ」
「行かない」

ぷいっと横を向く。
宥めるように笙玄が悟空の名を呼ぶ。

「悟空?」
「行かない」
「せっかくのお誘いですよ」
「いい」

三蔵にも笙玄にも背を向けて、悟空は頑なに拒絶する。
ただでさえ気の短い三蔵が、そういつまでも機嫌を取るわけもなく。

「なら、留守番してろ」

背を向けたままの悟空に投げつけるように言うと、三蔵は出かけて行った。
荒く閉められた扉の音に振り向いた悟空は、今にも泣きそうな瞳をしていた。






その日、笙玄の手伝いをすると言って譲らなかった。
いつもは静かな執務室が、いつになく賑やかだった。

「俺がする!」

握って離さない書類の束を見て、三蔵が執務机の向こうから呆れた声で注意する。

「やめとけ」
「やだっ!」
「てめえにゃ出来ねぇ」
「出来る!」

譲らない悟空に三蔵の堪忍袋の緒が切れた。

「いい加減にしやがれ、サル!」
「サルってゆーなっ!」
「喧しい!」

三蔵の怒鳴り声に悟空は、一瞬黙り込む。
そこを逃さず、笙玄が意固地になった悟空を宥めにかかった。

「悟空、お手伝いはとても嬉しいのですが、その書類はとても急ぎますので、私が僧正様の所へ持って行って、御裁可を頂かないといけないのです」
「─…うっ」

視線を合わせて話す笙玄の顔を少し潤んだ金眼で睨むように悟空は、見つめる。
三蔵はそんな二人をイライラと煙草を吸いながら見ている。

「悟空、それが終わったらお手伝いをお願いしますね」
「……うん」

渋々頷いた悟空は、握りしめていた書類を笙玄に渡した。
受け取った笙玄は、優しく微笑みを返し、

「ありがとうございます」

と、礼を言った。
それに小さく悟空は頷くのだった。






ある日の夜、忙しい公務をようやく終えて、寝床に入れば、悟空が寝台の上に飛び乗って来た。

「さんぞ、しよ?」
「ああ?」

何をこのサルは、言っている?そう思う気持ちそのままの返事が、返る。

「今日は、したいの」

小首を傾げ、欲情して潤んだ金の瞳で三蔵を見つめる。
滅多にない積極的な悟空に、いつもなら雄の熱に簡単に火がつくのだが、今日に限ってはあまりに疲れすぎていた。
身体を重ねる行為よりも三蔵は、眠りたかったのだ。

「ふざけんな」
「ふざけてないもん」

そう言いながら、三蔵の夜着をはだけようと横になっている三蔵に乗り上げてくる。

「やめろ、サル」
「やだ」

華奢な身体を押しのける。
それでも悟空は、三蔵に抱きつこうとする。

「寝ろ!」
「やだぁ」

しがみつこうとする悟空の身体を抱え上げると、三蔵は隣の悟空の寝台に放り投げた。

「さんぞぉ」
「知るか」

三蔵は泣きそうな悟空の声を無視して、さっさと寝台に戻ると眠ってしまった。
あとには、寝台に放り投げられたままの格好で涙ぐむ悟空がいた。











身体を重ねることも、側にいることもあんなに嬉しかったのに。
今は───
自分がどうしたいのかさえわからない。
持て余す思いに悟空は、為す術もなかった。











「悟空、美味しいお菓子を頂いたのですが、食べませんか?」

昼過ぎに戻ってきた悟空に、笙玄は菓子を差し出した。
それにちらと視線を投げただけで、顔を背ける。

「いらない」
「朝ご飯も昼ご飯も食べていないのですから、せめて甘い物でも食べておかないと持ちませんよ」

日頃の悟空の食欲を考えれば、ここしばらくの食欲不振は容易ならざる事態だ。
さあ、と差し出された菓子に見向きもせず、

「ほっといてよ」

と、差し出された手を振り払った。
その拍子に手のひらの菓子が床の上に落ちる。

「…あっ」

落ちてつぶれる菓子を見つめる悟空の顔が、今にも泣きそうに歪んだ。

「悟空」

笙玄が名を呼べば、悟空はその声を振り切るように、寝所を走り出て行った。
その後ろ姿を見送った笙玄が、深いため息を吐いた。
それまで我関せずを通して新聞に目を落としていた三蔵が、顔を上げた。

「反抗期ですね」

三蔵が、何だ?と言う顔をする。

「反抗期ですよ」

納得したと言う顔で頷く笙玄に三蔵は怪訝な顔をする。

「自己主張っていうか、こう天の邪鬼な気持ちになって、自分でもどうしていいのか判らない時期なんですよ」

笑いながらそう言う笙玄の話に三蔵は、益々訳が分からないという顔をする。

「悟空も成長してるってことですよ」

楽しそうに一人納得して笑う笙玄を三蔵は、訳が分からない顔から呆れた表情になって、ため息を吐いた。



考えてみれば、三蔵は反抗期なんて無かった。
あったとしてもそれどころでは無かったのだ。
多感な年頃は、師の仇討ちと失った経文のことで頭が一杯だった。
その上、あの煩い小猿を拾って、自分のことにかまけている余裕は無かったのだ。
だが、三蔵の性格を考えれば、年がら年中反抗期のような気がしないでもない。
まあ、それは端から見た意見で、三蔵自身には想像も付かない事態だと言えた。



「このまま、黙って見てるしか無いとは思いますが、悟空の言動に振り回されないようにお気を付けになった方がいいでしょうね」

そうするしかないと言った雰囲気で三蔵に告げる笙玄を三蔵は、いい加減にしてくれと暗に含ませた声音で笙玄を呼んだ。

「…笙玄」
「はい?」

なんですか?と三蔵を見返した笙玄の顔に、紛れもなく楽しいと書かれていることを読みとった三蔵は、げんなりした気分になった。
小猿の反抗期は、少なからずいや、多大な精神的負担を三蔵に強いる。
その上、これほど楽しそうな笙玄を相手にするなど、ハッキリ言ってお断りしたかった。
だがそれも、小猿の保護者だという立場がある以上、逃げることも叶わないだろう。
なら、するべき事は最小限に留めておきたい三蔵だった。
その思いを多分に含んだ口調で、

「ほっときゃいいんだな」

と、確認する三蔵に笙玄は、

「はい」

と頷く。

「まあ、好きにするさ」

小さく呟くと、三蔵は再び新聞に目を落とした。






その日の夜、夕食後から少し素直になった悟空は、三蔵の誘いに素直に従った。
だが、いざことに及ぼうとするその時になって、また、悟空は何が気に入らないのか、拗ねて、三蔵を拒絶し出した。
いい加減、欲求がたまっていた三蔵だったが、こうも拒絶されると諦めるしかない。
上がった熱を冷まそうと、寝台を出かけた三蔵の夜着が引っ張られた。
振り返れば、涙を今にも溢れんばかりにためた大きな瞳が三蔵を見返していた。

「やだぁ…行かないでよぉ…俺、三蔵の側に居たいのにぃ──」

言いながらぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「ったく……」

金糸を掻き上げ、寝台の悟空に向き直る。

「何処にも行っちゃやだぁ」

まるでだだっ子のよう。

「バカ・・猿」

苦笑が三蔵の口元をほころばす。

「やだぁ…ふぇぇ」

幼い仕草で泣き出した悟空に、三蔵は折れるしかなかった。
一時のことと目をつぶるしかない。
身体を重ねるそのことだけで側に置いているわけでは無いのだから。
その存在が何より大切なのだから。

「泣くな」
「さんぞぉ…」

そっと抱き込んでやれば、悟空は三蔵の背中に手を回し、しがみついてくる。
そのまま三蔵は身体をずらし、寝台に横になった。

「もう、寝ろ」
「…ぅくっ…さんぞぉ、ごめん…ごめんなさい」

くぐもった声が胸の辺りから聞こえる。
その声に三蔵は表情をゆるめると、泣き濡れる悟空の柔らかい髪に口づけを落とした。

「悟空…」

静かに名を呼べば、ゆっくりと悟空は顔を上げた。

そこに咲く金色の花。

涙の滴に濡れ、ほんのりと赤く色付くその花に三蔵は、触れるだけの口づけを送る。
そして、手になじむ抱き馴れた身体を抱き直すと、その紫暗を閉じた。

「寝ろ、明日は早い」
「……うん」

小さく返された返事が、もう濡れていないことを確認すると、三蔵はゆっくり眠りに落ちていった。
悟空も柔らかく抱き込まれた三蔵の腕の中で、そのぬくもりを全身に感じながら、眠りについたのだった。




明日は、もう少し素直になろう
あさってはもっと。
大好きな人を困らせないように
大好きな人の側に居るために

大人への階段を今ひとつ上る




end




リクエスト:三空で、テーマは「悟空の反抗期」
20000 Hit ありがとうございました。
謹んで、神樹様に捧げます。
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