窓の外、冬めいた陽ざしの中、彼の人が佇んでいる。
それは、それは綺麗な姿勢で。

真っ白な僧衣に柔らかな光が揺れている。
時々、煩そうに少し伸びた前髪を掻き上げると、白磁の額に深紅の星が見えた。

佇む足下には柔らかな落ち葉と下草。
そして綺麗に色づいた皐の茂み。

いつも不機嫌な表情を浮かべている顔は、いつになく穏やかで。
清冽な光を宿す紫暗の宝石も優しい色を掃いていた。



my dearest
窓辺に頬杖を着いて、悟空は熱心に庭に佇む三蔵を見つめていた。




今日は三蔵の数少ない決まった休みの日。
昨日は、一日、寺院の行事の中で三蔵が最も嫌がる三蔵の誕生祭。
朝から、色々な人の祝辞を受け、信者から祝福を受ける日。

本来の誕生日は今日、十一月二十九日。
悟空しか知らない三蔵の本当の誕生日。

今朝、起きるなり悟空は三蔵に満開の笑顔で、

「さんぞ、誕生日おめでとう」

そう告げた。
起き抜けの一服とばかり煙草を吸っていた三蔵はちょっと瞳を見開いたあと、面倒臭そうに答えた。
その声にいつもの不機嫌な色は無かった。
三蔵は煙草をくわえたまま寝台から降りると、窓を開けた。
朝の冷たい空気が暖かい部屋に流れ込んでくる。
悟空も寝台から降りると、窓辺に佇む三蔵の側に立った。

「なあ、さんぞ、今日なんかして欲しいこととかねぇ?」
「何だ?」
「だって、誕生日には何かあげるんだろ?プレ…ゼントってぇの?」

小首を傾げて三蔵を見やる悟空を三蔵は呆れた瞳で見返した。

「いらねぇよ」
「でも…そうだって言ってたから」
「誰が?」
「…笙玄」
「そうか」
「うん。で、なんかねぇ?」

いらぬことを教えてくれると、笙玄の柔和な顔を思い出してため息を吐く。

「ない」
「でも、なんか、なんかしたい!」

全身で何かしたいと訴える悟空のそのまっすぐな瞳に、思いに負ける。
そう、弱いのだ。
このまっすぐな金の宝石の輝きに。
その思いに。
三蔵は傍らで自分を見上げている悟空の頭を軽く撫でると、小さな声で言った。

「なら、側に居ろ」

一瞬、三蔵の言葉に悟空は瞳を見開いたが、すぐに輝くような笑顔を見せると、大きく頷いた。
その笑顔にふいっと背けられた三蔵の頬は、ほんのり桜色に染まっていた。











今朝の会話を思い出して、悟空ははんなりとした笑顔を浮かべる。
窓の向こう、ただ黙って佇む三蔵を改めて見つめた。

本当に三蔵はいつ見ても綺麗だと思う。
外見はもちろんのこと、その心も、魂も綺麗だ。
まっすぐに心に切り込んでくる言葉や思いは、とかく誤解を与えやすいが、決して無慈悲ではなく、むしろ誰よりも優しく、暖かい。



そう、あの全てを照らす太陽のように。



───神様なんざいねぇんだよ

と、言うくせに、三蔵は聖職者で。

───神は誰も救わない

と、切って捨てるくせに、神にすがる人を何気ない一言で無自覚に救う。




とても純粋な人。




あの日、暗い岩牢の前に立った三蔵を見た時、太陽が降りてきたのかと思った。
それほどに眩しく、鮮烈だった。

どれ程の間、あの暗い闇の中にいたのかさえわからない長い時間。
たった一人で過ごす永劫に続くはずだった時間。

どうしてあそこに自分は入れられなければならなかったのか。

考えても、思い出そうとしても、そこにあるべき記憶は何もなく。
ただ、胸に湧き上がるのは、どうしようもない罪悪感と恐ろしいほどの喪失感。

何かとてつもないことをしでかしたのだろうか。
とても大切な何かを失くしてしまったのだろうか。

たぐり寄せるべきモノは何もなく、心に浮かぶのは金色の光と白と赤い色だけ。




でも……




そんなジレンマや不安、恐怖を全て受けとめ、包んでくれる。
かけてくれる少ない言葉に、何気ない優しさに救われる。
側に、その傍らに居たい。

岩牢の中で恋い焦がれた太陽よりも眩しくて、広い世界をくれた人。

その人のために、側に居るために努力する。
我慢する。
強くなる。
守るために。
自分のために。
どんなことかあっても付いていけるように。






冬の香りを宿した日向に佇む三蔵を見つめる悟空の瞳は、静かな決意を映して黄金色に輝いていた。
と、三蔵から紫煙が細く空へ立ち上った。
そして、その紫煙を追いかけるように、三蔵が空を見上げた。
それにつられるように、悟空も空を見上げる。

秋と冬の狭間の空は、高いが色は少しくすんで、浮かんだ白い雲は、何処か寒々として見えた。
時折吹く風も冷たさをはらんで。

悟空は空から目を離し、また三蔵に視線を戻した。
静かに、穏やかに佇む三蔵の金糸を微かな風が揺らしてゆく。




ただ、そこに。



白く、透明で、暖かく、綺麗な悟空の宝石。
激しくて、穏やかで、厳しくて、近くて遠い悟空の太陽。



ただ、共に。




悟空は窓枠に足をかけてよじ登ると、三蔵を呼んだ。
その声にゆっくりと三蔵が振り返る。
もう一度、悟空は三蔵を呼ぶと、窓から外へ滑り出た。

自分の方へ駆け寄ってくる悟空の姿に呆れたようなため息を吐き、三蔵は吸っていた煙草を投げ捨てた。

彼の人が決めてくれた生まれた日を、この世に生を受けた事を喜んでくれるあの金色と出会えたことに、感謝を込めて。

悟空の声が、空に響いた。

「三蔵──っ!」




end

close