明るい月の光が屋敷の庭を照らす。
庭に先代が好きだと言って植えたたくさんの桜の木々はそれぞれの花をつけ、月明かりに淡く浮かんでいる。
今を盛りと咲き誇る桜の淡い白いような花の姿に、悟空は今もこの胸に鮮やかに残るあの綺麗な人の姿を重ねた。

「…一緒に祝ってくれたら……」

思う願いが叶わないことを知っていても、それでもなお、願いは生まれる。
今日この日、一緒に生まれたことを喜んでくれるのなら、何も望まないと言えるのに。

「届かないなあ…」

テラスの手すりに身を預け、霞むように月明かりに浮かぶ桜の姿に悟空はその金瞳で見つめていた。



desir
今日は悟空がこの世に生を受けた日。
賑やかなことが好きな悟空を含む一族は、口実を設けては寄り合い、集っては宴を開く。
その格好の口実に選ばれた。

「いいけどさ…別に…」

口実にされるのはいいのだ。
でも、物足りない。
本当に祝って欲しいのはただ一人の人だから。

「一方的だし…俺、ストーカーみてえだし…」

望みが叶う可能性は考えれば考える程遠くにある気がして、賑やかに響く話し声を背中に悟空はテラスで深いため息を吐いた。

あの日、偶々見下ろしたビルの屋上で見かけた彼はこんな時、誰かと一緒にいるのだろうかと、思う。
あれ程綺麗な人だからきっと、彼の誕生を喜ぶ人たちがたくさんいるだろう。
たくさんの祝福と愛情に囲まれて、温かく幸せな時間を過ごすのだ。
そして、傍らには相応しい人が寄り添って、愛しい人の誕生を心から祝福しているのだと。

けれど、いつ見ても彼の人は一人屋上で煙草をくゆらせている。
昼間の彼が何をしているのか、誰と居るのか、何も知ることは出来ないけれど、少なくとも悟空が知る限りの夜は彼の人は一人でいることが多い。
だから、ひょっとしてと、希望が湧いて。

「…でもなあ…」
「彼女か彼か、恋人がいたら困るよなあ」

呟きに答えるような声に驚いて振り返れば、そこに焔が揶揄するような、呆れたような顔で立っていた。

「……焔…」
「何て顔してんだ。逢いたければ逢いに行けば済むことだろう?」

焔の言葉に悟空の金瞳が見開かれる。

「あの綺麗な男が忘れられないんだろうが」
「──…っ!」
「何で知ってる?って顔だな」

悟空の酷く驚いた表情に、焔はしてやったりと、口角を上げる。

「愛しい恋人のことは何でもお見通しなんだよ、悟空」
「な…」

焔の言い方に、二の句が継げない悟空の頬をするりと撫で、焔は喉を鳴らして笑った。

「…って言う程、あからさまだぞ?俺が気付く程度に」

言われて、はっとする。

「恋してますって、顔だな」

くすくすと笑いながら言えば、途端、悟空の表情が不機嫌になった。

「面食いなお前が一目で気に入ったアイツを連れてくることもなく、日毎夜毎こっそり姿を見に出掛け、殊勝に出逢いを待ってるなんざ、恋してるとしか言いようがねえだろう」

「ん?」と、鼻先を指で弾かれた悟空は、益々不機嫌な顔を焔に向ける。

「その上、これだけお前を愛している俺の気持ちを知っていても、あの綺麗な男を想う気持ちは止められないなら、何もかも振り捨ててこんな日は逢いに行けばいいと言ってるんだよ」
「焔……」

その言葉に、悟空の不機嫌な顔が驚きに変わり、次いで泣きそうななんとも言えない表情に歪んだ。
その顔付きに焔は仕方ない奴とため息をついた。

「それにな、一族の連中は盛り上がって、誰もお前がいなくなったことに気付いてねえし、気付きもしねえから、行ってもなんの支障もない。というか、行っちまえ」

そう言いながら、焔は悟空の傍らに同じようにテラスにもたれて庭へ視線を向けた。
その焔の優しさに、悟空は胸が温かくなるのを感じた。

「サンキュ……でも…」

けれど、焔の言葉に従えない。

「でも?」

悟空の答えに、焔は意外だと、悟空を振り返った。

「行けない。こんな特別の夜、あの人が誰か…恋人とか、俺とは違うヤツと一緒にいたら…いるのを見たら…俺…あの人もあの人の相手も滅茶苦茶にしちまう」

そう、こんな特別の日の夜、彼の人が自分以外の誰かと幸せそうな姿を見たら、自分を押さえる自信などない。
それ程に、あの綺麗な人に恋している。
想いを募らせている。
その気持ちを知って、気付いている焔が、妖である自分達の論理を突きつけてくる。

「いいじゃねえか、どうせ人間だろ?好きにしたって誰も何も言わねえぞ」

きっと、誰も何も言わない。
人間達の世間が一時、騒がしくなって、その内忘れられてしまう程度のことだ。
けれど、それで自分は満足出来ても、彼の人の気持ちは永遠に手に入らなくなる。
それではダメなのだ。
彼の人の気持ちも、身体も全てが欲しいのだから。
感情のままに行動を起こして、大切な者を失うのはもう二度とごめんなのだから。

「うん…でも、そうしたら今度は自分が許せなくなるから…いいよ」
「純愛だねえ」

悟空の言葉に何を感じたのか、焔は肩を竦めた。
その様子に悟空は淡い笑顔を浮かべ、

「いつか、俺のこと知って、俺のこと好きって言ってくれたその時、あの人に祝ってもらう。それでいい」

自分に言い聞かせるように焔に告げた。

「それまで待てるのか?」

自信があるのか、と、問いかけてくる焔へ、

「うん、待てる」

はっきりと頷けば、

「そうか…」

呆れた、けれど、どこか楽しそうな返事が返った。

「うん…」

こんな人間とは違うイキモノでも生まれた日はある。
それを愛しい人と祝いたい、過ごしたいと思うことに何の差があるのか。
いつか、あの綺麗な人と笑い合い、祝い合う日が来ることを悟空は願うのだった。




end

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