それは、偶然。 それは、必然。 それは、出逢う奇跡。
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intention |
いつものように乗ったはずだったのに。 一体何がどうなったのか。 綺麗に澄んだ黄金の瞳に。
三蔵の勤めるビルは、合理化に色付く社会の風潮から少し外れていた。
その日も三蔵はいつもの時間に出勤し、いつものようにエレベーターに乗った。
三蔵は若干二十三才の若さで、父親の光明が経営する会社の専務を務めている。 若い三蔵に会社の女子社員は熱い視線を送る。
薄い桜色のスーツに白いラインが襟と袖口に入った制服を着た女がにこやかに、いつものように媚びを含んだ笑顔で迎え入れたのだと思っていた。 が、それは三蔵の錯覚だったのだろうか。 そんなことを考えている三蔵に声がかけられた。 「どちらまで?」 と。 「何だ?」 と、思わず聞き返す。 「どちらまで?」 もう一度、そのエレベーターガールが言った。 「決まっている。十七階の俺のオフィスだ」 そう不機嫌な声で返せば、エレベーターガールが振り返った。 小さな容に、その存在を誇示するような大きな黄金の瞳、桜色の頬、薄く紅を引いたような唇、細い項、華奢な身体。 その姿は、三蔵の胸を貫いた。 「いいえ、ここは体感エレベーター。私と貴方の関係はどこまでいくのでしょう?と、お聞きしているのです」 小首を傾げるようにしてまっすぐ三蔵を見返すエレベーターガールの視線に、三蔵は見惚れてしまった。 「お前の気持ちが手にはいるまで…」 遠くでエレベーターガールの声が聞こえた気がした。
「三蔵に好きな人は居るの?」 大きな瞳でうるうると見上げてくる瞳に三蔵は勝てた試しがなかった。 「いねえよ」 と、答えてやれば、どこか安心したように笑う。 「悟空、お前は?お前に好きな奴は居るのか?」 などと、およそ自分らしくないセリフが口をついて出た。 「…さ、んぞ…苦しい…」 悟空の上げる抗議の声を無視して抱きしめる腕に力を込めれば、力一杯胸を叩かれた。 「…すまん」 そっと、腕を離せば、 「…バカ。俺の好きな人はねえ…」 そう言って小さくため息を吐くと、不安げに見下ろしてくる紫暗の瞳に笑いかけ、悟空はふわりと三蔵の首に腕を回し、その耳元に小さく囁いた。
目的の階に着いたことを知らせるベルの澄んだ音が、エレベーター内に響いた。 途端、引き戻される現実。 「専務、十七階でございます」 うつむいていた顔を上げれば、いつもの見慣れたエレベーターガールが、怪訝な顔をして三蔵を見つめていた。 「…あの…どうかなさったのですか?」 虚ろな表情を浮かべた三蔵を心配する声が聞こえる。
自分のオフィスの窓から眼下に広がるオフィス街の街並みを見つめながら、ふと、手が唇に触れた。 そこには確かな感触が残っている。
悟空…
そう、あの少女は・・・・・少女だったのだろうか。 三蔵は忘れることができなかった。
あの奇妙な体験はあの日一度きりで、それから何度エレベーターに乗ろうと、あの悟空という子供に会うこともなかった。 そんなある日、三蔵は父親である光明の代理で、最大の取引先である会社のオーナーの息子の誕生パーティーに出席した。 たかだか今年十八になる子供の誕生日に、つきあいだからと言うだけで出席する三蔵の心は鬱陶しい気分の何ものでもなかった。
そして、二人を見つけた時、いやその息子を見つけた時、三蔵の時間は止まった。
何を言ったのか、どう振る舞ったのかさえ記憶が、そこから消し飛んでいた。 「三蔵さん、俺、何かした?」 自分を穴の開くほどに見つめる三蔵の視線が痛くて、悟空は堪りかねて三蔵をバルコニーに誘ったのだ。 「…会いたかった…」 小さな声で告げられた言葉に悟空は思わず三蔵の顔を覗き込んだ。 「…な、にを…」 言葉もなく悟空は抱きしめられる腕の中から三蔵の秀麗な顔を見上げた。 「俺、男だよ?あなた、わかっててそんなこと言うんだ。それも初対面じゃないか」 まっすぐに見返す澄んだ金眼に三蔵は小さく笑うと、言った。 「関係ねぇんだよ。初対面だろうが、男だろうが、俺には関係ねぇ。ただ、俺にはお前が必要なんだよ。それだけなんだよ」 受けとめる紫暗もまた澄んで、まっすぐに悟空を見返した。 「なら、その気持ち、受けるよ。でも、受けるだけだよ。俺、あなたのことよく知らないから、それからだよ」 そう言って、悟空は嫣然と笑った。
そっと、三蔵が悟空に想いを告げた日、悟空はクローゼットの奥深くへ一つの箱をしまった。 そう、あの・・・・・桜色の洋服。
───やっと、捕まえたんだから、覚悟しといてよね、三蔵
それは、偶然。 それは必然。 出逢うために、出逢った奇跡。
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