その笑顔のためなら、何だってできる

君のために

自分のために

全ての災厄から君の笑顔を守りたい




Evasion




今日も寺院の奥、最高僧の住まう寝所から小気味の良いハリセンの音と、怒鳴り声が聞こえてくる。
洗濯物を干しながら笙玄は、のんびりと空を見上げた。

「今日も良い天気ですねぇ」

見上げる空は高く晴れ渡り、爽やかな風が吹き渡って行く。
と、風に乗って声が聞こえた。
ぼそぼそと低く抑えた声に、笙玄は嫌な予感を覚えた。



ここは、寺院の奥の院。



最高僧の住まう寝所と寺院の幹部達の住まう僧庵のある場所。
普通の修行僧が立ち入ることの出来ない場所である。
聞き慣れない声が気になった笙玄は、話の内容と話す人物を確認しようと声のする方へそっと近づいた。
茂みの間から覗けば、そこにいたのは、事あるごとに悟空を外へ出そうとする僧正付きの僧侶とその取り巻き連中だった。
また、よからぬ事を考えているのかと、笙玄は耳をすませた。
漏れ聞こえてくるその内容に、笙玄は厳しい顔つきになる。

「何という愚かなことを…」

情けなさと怒りに震える拳を握りしめ、笙玄はその場に立ちつくした。











昼食後、悟空が外へ遊びに行った頃を見計らって、笙玄は三蔵の元を訪れた。
いつにない厳しい顔つきの笙玄の様子に三蔵は、書類を書く手を止めて、訝しげな視線を向けた。

「何だ?」

三蔵の口調が、知らずにきつくなる。
笙玄の厳しい顔つきに嫌な予感を覚えたからだ。
こういう予感は、外れた試しがなかった。

「悟空のことでお話があります」
「サルが、また何かやらかしたのか?」

悟空が騒ぎを起こしたのなら、どんなことでも些細なことだ。
そうでも思わなければ、尻ぬぐいなど出来ようはずもない。
だが、目の前に立つ笙玄の様子から、それは違うと窺えた。

「いいえ、悟空は良い子でいます」
「だったら、何だ?」

三蔵の紫暗が眇められる。

「悟空を外へ出そうと、自分から出て行くようにさせようと言う計画を聞いてしまいました」

告げる笙玄の顔が、少し青ざめている。
重大なことかと思いきや、またぞろ寺院のバカ共がよけいなことを考えたらしい。
あの小猿が自分からこの寺院を出て行くようにし向けるなど、馬鹿げているにも程がある。
拾った頃ならまだしも、寺院に連れてきて何年経つと思っているのか。
その間に画策された”悟空排斥作戦”と笙玄が名付けた計画の多かったこと。
その全てを悟空自身が、あるいは三蔵が、笙玄が未然に、寸前に壊してきた。
それでも、時々間に合わなくて悟空は傷付き、流さなくてもいい涙を流した。
それはそれで、報復はなされていたが。

学習能力はないのか。
鬱陶しい仕事に重ねて、余分なことに関わらなければならないのか。
また、悟空を泣かせるのか。

三蔵の纏う空気の温度が、確実に下がったのを笙玄は感じた。

「話せ、笙玄」

先を促す三蔵の声音は、はっきりそれとわかる程怒りに染まっていた。











「お前は何故、三蔵様の元に居るんだ?」
「えっ?!」

振り返った悟空の顔は、きょとんと質問を発した相手を見返していた。
寺院の墓守の男。
半妖を身内に持つが故に、寺院に入れられたが、修行に向かないと墓守にされた男。
三蔵や笙玄以外で、悟空の相手をしてくれる数少ない人間の一人だった。

「何で、三蔵様と一緒にこんなところで暮らしてるんだ?」

今度は、言葉を変えて訊く。

「何でって・・・何で?」

訳が分からないと、問い返してくる。

「じゃあ、何で三蔵様は、お前を傍に置いとくんだ?」

悟空の金色の瞳が、見開かれる。

「それは……」

答えられない。
困惑顔の悟空に、男は言葉を続けた。

「だって、お前ってさ、掃除も飯の支度もできねぇ。かといって、仕事の手伝いなんて逆立ちしたってできゃしねえ。じゃあ、経ぐらい門前の小僧よろしく一つでも唱えられるかって言えば、何にも唱えられねえよな。どっちかってぇっと、大食らいだし、仕事の邪魔はする、寺の奴らには煙たがられてる存在だ。三蔵様の評判を落としこそすれ、評判を上げるなんてできねぇ。なのに三蔵様は、お前を手放さない。それは、どうしてだ?」

挙げ連ねられた内容に、悟空は少なからず傷付いた。
が、言われることは逐一もっともなことで、反論する事すら出来なかった。
当然、投げかけられた質問に答えられるわけもなく、悟空はうつむいてしまった。

「三蔵様の役に立たないのなら、別に傍にいなくてもいいんじゃねぇの?それとも、お前、可愛いから三蔵様の夜の相手のためにだけ、傍に置かれてるんだろ」

その言葉のあまりの卑しさに、悟空はうつむいていた顔を上げ、男を睨みつけた。
少し潤んで、煌めく金の瞳で睨んでも、男を煽るような色香を漂わせるだけで、何ら男を威嚇する事はできなかった。
返って、より卑しい言葉を男から引き出すことになってしまう。

「そんな目が出来るってことは、お前、三蔵様に抱かれてるな。それも一回や二回じゃねえよな」
「何言って……」

悟空は、男のあまりな言葉に、二の句が継げない。
男は、それを肯定と取ったのか、下卑た笑いを口の端に浮かべて悟空に、にじり寄った。
悟空は男との距離が近づいたことに気が付かず、零れそうなほどに瞳を見開いていた。

「だったらよ、俺にも抱かせてくれよな」

男の手が悟空の細腰に掛かった。
撫で上げるように悟空の背筋を男の手が這う。
その感触に悟空の肌が、鳥肌立った。

「な、何すんだ!」

身をよじって逃れようとしたときには、男の下に悟空は組み敷かれていた。
悟空は手足をばたつかせて、男の下から逃れようと暴れるが、どうしたわけか男を引き剥がすことが出来ない。

「ヤ、ヤだ!離せ!!」

暴れる悟空に構わず、男は器用に悟空の服を脱がし、全裸に剥いてしまった。
悟空は素肌に当たる空気に、一瞬、暴れるのを忘れた。



チャンスはそれで十分だった。



男は、懐から折り畳んだ布を出すと、悟空の口にそれを押し当てた。

「なっ!!」

声を挙げる間もなく、悟空の意識は闇に飲まれた。
ぐったりした悟空の顔を覆っていた布を外すと、男は低く口笛を吹く。
その合図を待っていたように、近くの茂みから数人の男達が、現れた。

「うまくいったか?」
「ああ、この通り」

押さえ込んだ悟空の上から、男がどいた。
男の身体の下から、全裸に剥かれた意識のない悟空が現れた。
木漏れ日に晒される華奢な身体。
その意外な肌の白さに、悟空を見下ろす男達は、思わず喉を鳴らした。

「おい、いいのか?」
「ああ、犯っちまっていいぜ。妖怪のガキなんか珍しいからよ」
「なら、遠慮なく」

頷きあった男達は、悟空の上に覆い被さったのだった。




そこへ、一発の銃声が、響き渡った。




悟空の上に覆い被さっていた男の身体がぐらりと、かしいだ。

「おい?」

地面に倒れる男の隣に居た男が、怪訝な顔を向ける。
倒れた男の答えの変わりに、じわっと男の胸のあたりが赤く染まりだした。

「なっ!」

ぎょっとして、辺りを見回し、男は白い人影を見つけた。
黄金を頂いた白い影。

「何だ、てめぇ」

男の声に、悟空の身体を弄んでいた残りの男達が、殺気を孕んで立ち上がった。
妖怪にしては綺麗な格好の獲物との楽しみを邪魔されたと、纏う空気が言っていた。
一方、対峙する白い人影は、銀色の短銃を構えた稀に見る美丈夫で、その全身から吹き上がるオーラは色まで見えそうなほどの怒りに染まっていた。

「そいつから離れろ」

地を這うような声音に男達は一瞬、怯む。
目の前の白い僧衣を纏った美丈夫の威圧感に、我知らず身体は悟空から離れる。
一触即発の状態で、男達と美しい青年は睨み合った。

青年は、ちらと地面に横たわる悟空に視線を投げると、有無を言わさず睨み合った男達の両足を打ち抜いた。
悲鳴を上げてもんどり打つ男達に目もくれず、青年は意識のない悟空の傍に跪いた。
そして、左手で抱え上げると、

「笙玄」

と、連れを呼んだ。
呼ばわった声に、すぐ傍の木陰から僧侶が姿を見せた。
青年の腕の中の悟空の様子に一瞬眉を顰めたが、すぐに表情を消す。
そして、持っていた上着を青年の腕の中の悟空に着せると、痛みに呻く男達へと足を向けた。

「後は、頼む」
「はい」

腰に下げたロープで男達を縛りだした笙玄にそう言い置いて、青年は悟空を両手で抱え直すと、後も見ずに立ち去った。











ぼんやりと目が覚めた。
何度かまばたきを繰り返したが、視界はぼやけていた。

「…あ…れ…」

はっきりしない意識のまま、周囲を見渡せば、そこは見慣れた部屋であることに気が付いた。

「なん…で…?俺……あいつに…」

はっとして飛び起きた。
そうだ、裸に剥かれて、何か甘い匂いを嗅がされて、訳がわからなくなって・・・・。
記憶がそこからふっつりと、途切れていた。
確かに自分は、寺院の西の林に居たはず。
仲良くなった墓守の男とそこで会って、話をしていた・・・はず。

「あれ?」

なのに、自分は寝室にいる。
ちゃんと服を着て、寝台に寝ていた。

「あれぇ…?」

盛大にクエスチョンマークを浮かべていると、寝室の扉が開いた。

「起きました?よく寝てましたね、もう、夕方ですよ」

笙玄が、にこりと笑う。

「え、夕方?」
「はい、あと、三十分もすれば夕ご飯ですよ」
「うん…」

笙玄は風が冷たくなったので、開け放っていた寝室の窓を閉めるついでに、悟空を起こしに来たのだった。
窓を閉める笙玄を見つめる悟空の表情は、訳がわからない、腑に落ちないと、大書されている。
その顔を目の端にとめて、笙玄は心の内で安堵のため息を吐いた。



三蔵と出向いた西の林。
そこで見た光景は、笙玄の心を昏く塗りつぶした。

何という愚かな行為。
何という浅ましい行為。

人の尊厳を踏みにじる下劣な行為。

そんな行為を許す輩が居る。
こんな行為をそそのかす輩が棲む。

悟りなど、死んでも開くことはないだろう。

悟空───この暖かく、優しい魂を汚すことは許さない。

溢れる激情に目眩すら感じた笙玄だった。



「悟空、どうしたのですか?」

窓を閉めた笙玄が、寝台に座る悟空に向き直った。
優しい笑顔を浮かべて、悟空の顔を覗き込む。

「うん…あのさ、俺、今日西の林にいたんだ。友達になった奴と話し…してて、んでも、途中から良く覚えてなくて…何で俺、ここで寝てるんだろ?」

不安そうに笙玄を見上げて聞いてくる。

「三蔵様が、林で寝てる悟空を偶然見つけられて、ほっとくのも何だからと、お連れになったんですよ」

と、ちょっと意外な三蔵の面を見たと、言わんばかりの顔を笙玄はした。

「さ、三蔵が?」
「はい」

ぼんっと、音がしそうな程、瞬時に顔を朱に染めると、悟空は布団の中へ潜ってしまった。
その様子に笙玄は、喉を鳴らして笑うと、

「夕ご飯の用意ができたら呼びに来ますから…ね」

言い含めるように布団の中の悟空に告げると、笙玄は寝室を出て行った。
悟空は、どんな顔をして三蔵の前に出ればいいのか、布団の中で百面相を繰り返すのだった。











翌日、僧正を含む寺院の幹部達全員に、三蔵の招集が掛けられた。

三蔵法師の招集は、何事に置いても最優先事項で、僧正や幹部達は取る物も取りあえず、奥の院の会議室に集まった。
理由がわからない幹部達は、ざわざわと落ち着かず、招集された理由についてあれこれと話し合っていた。
全員が揃ったのを見計らって、笙玄が三蔵の入室を告げた。
全員が立ち上がり、深く頭を垂れて、年若い最高僧を迎え入れた。
三蔵が、正面の椅子に座ると、皆いずまいを正して、着席した。
一呼吸置いて、総支配の勒按が口を開いた。

「三蔵様、今日はいかがなされましたのでしょう?突然のお召しに皆、驚いております」

そう告げる勒按の顔は、困惑に彩られていた。
その顔にちらと、視線を投げた後、三蔵は口を開いた。

「今日は、人事異動を申し上げたく、皆さまに集まって頂いた」
「人事異動でございますか?」
「そうだ」

その答えに会議室はざわざわと、落ち着きを無くした。
それもそのはずである。
この長安の寺院に着任して以来、三蔵は寺の人事に口を出すことはほとんど全く無かった。
三蔵が、この寺院に着任したのは、師匠の経文を取り戻すための情報が欲しかったからで、寺の生活などどうでも良かったのだ。
自分のことに口出しをしない、構わない、必要最小限の身の回りのことをする人間が傍に居ればそれで良かった。
どうでも良いことに口を出すほど、三蔵は酔狂ではなかった。
だから、寺の人事に関する書類に目を通して、承認印押すだけで黙認し続けていたはずだった。
そんな三蔵が過去に二度、人事に口を出した事があった。
一度目は、悟空を連れて来た時。
二度目は、漕瑛の一連の所行の時。
その後は、何もなかった。
それが、今日は違ったのだ。

「明恒僧正殿」
「はい」

呼ばれて顔を向ければ、氷のような三蔵の眼差しと出逢った。
瞬間、背筋が凍り付く。

「明恒殿は、この寺院を常より去りたいと仰せであった。今回そのご希望を叶えて差し上げる。丁度、門下の寺で住職が亡くなり、跡を継ぐ者のない所がある。そこは気候の穏やかな自然の豊かな所故、ここでのお疲れや憂いが取り除かれること、この玄奘が、保証致します」
「さ、三蔵様!」

三蔵が告げる内容に、明恒は慌てた。
三蔵は明恒に田舎の寺に引っ込んで、大人しくしていろという。
慌てる明恒に冷えた視線を投げたまま、三蔵は言葉を続けた。

「向こう方には了承を得て降りますれば、今日の夕方のご出立と、準備をさせております」
「わ、私は、ここを去りたいなど、申したことなど…」
「はて、そうでしたか?しかし、私の口利きで決めてしまいましたので、今からのお断りは向こう方に失礼になると存じ上げるが」
「そ、それは……」

言い募れば、それは三蔵の決めたことに異を唱えることになる。
そんなことになれば、狭い仏教界での己の地位は危うくなる。
承伏しかねる移動ではあったが、受けるしか道はなかった。

「では、理由をお聞かせ頂きたいと思います」
「理由?理由は、先程申し上げたが、お気に召さないか。では、こう言い換えよう」

すっと、三蔵の纏う空気が冷えた。
勒按は、移動を言い渡された明恒が三蔵の逆鱗に触れた事を知った。
顔を青ざめさせる勒按に気が付いた笙玄が、頷いてみせる。
勒按は、明恒の行く末を思って目をつぶった。
破門されないだけでも良しとしなければならないことを、したのだ、この僧正は。
勒按は、生きた心地のしないまま、黙って成り行きを見守るしかなかった。

「人にあるまじき行為の結果だとな」

ざわっと、室内の空気が波立った。

「な、なにを申される…」
「覚えがないと?破門されないだけ有り難いと思うことだ。あの猿は、どこにもやらないと連れて来た時に言っただろうが。妖怪であろうが、人間であろうが、やって良いことと悪いことの区別もつかねぇ奴が、慈悲だ、慈愛だとご託並べるんじゃねえ」
「さ、三蔵…様!」
「三蔵様、明恒様、それは一体どういうことでございますか」

騒然とし出した室内に、三蔵の凛とした声が響いた。

「いいか、悟空の存在が気に入らないのは大目にみてやる。バカ共が悟空に加える見え透いた仕打ちも見逃してやろう。だが、人間としての尊厳を奪うようなことを今後一度でもしてみろ、償いはその命だ。いいな、肝に命じておけ」

そう言うと、三蔵は席を立って、戸口に向かった。
扉に手を掛けたまま、笙玄を呼ぶと二言三言耳打ち、会議室を後にした。
三蔵の出て行った扉に軽く礼をすると、青ざめた顔をしている勒按に、三蔵からの伝言を伝えた。
その内容に勒按は、頭を抱えるようにうつむき、笙玄に了承を伝えると、席を立って出て行った。
勒按の疲れた背中を見送った後、寺院の官長の傍に笙玄は近づいた。
そして、勒按に告げたと同じように三蔵からの伝言を告げた。
その内容に官長は、顔色を赤や青に変えた後、引きつった顔で頷くと、おもむろに立ち上がり、三蔵のいた席へ移動し、憤懣やるかたない明恒を呼んだ。
それを確かめた上で、笙玄はそっと会議室を出た。
そして、もう一つの場所に向かった。











引き据えられた僧侶達は、目の前に転がされて居る両足を打ち抜かれた男達を前にして、震え上がるしかなかった。
全て、三蔵の知るところとなったのだ。
お互いを支えるようにひとかたまりになって石床に座る僧侶は、正面に立つ三蔵法師と総支配の勒按から目が離せなかった。

「お前達は、破門となった。そのもの達を連れて、すぐに出て行きなさい。笙玄」

救いがたいとため息混じりにそう告げると、勒按は笙玄を呼んだ。
静かな返事と共に、僧侶達の荷物を持った笙玄が入ってきた。
そして、その荷物を僧侶達に渡して行く。
無表情に荷物を渡す笙玄の態度に僧侶の一人が、キレた。
いや、自暴自棄になったのかも知れない。
逃れる間もなく、笙玄は石床にしたたかに打ち据えられ、首を絞められた。

「止めろ!」

勒按が、叫ぶ。
それを見た他の僧侶達も行動を起こした。
勒按に掴みかかろうとする奴。
首を絞められ暴れる笙玄を殴る奴。
そして、三蔵に掴みかかった奴。

銃声が、轟いた。

三蔵に触れる寸前で、僧侶は崩れ折れた。

倒れる音が全ての動きを止める。
床に広がる赤い色が、全てを凍り付かせる。

「笙玄を離せ」

感情を一切切り落とした、静かな声がした。
その声に、首にかけられた手の力が緩む。
笙玄は、馬乗りになった僧侶を突き落として、身体を起こした。
咳き込み、息が上がる。
込み上げる吐き気を飲み込むことで抑える。

「笙玄?」

三蔵が銃を構えたまま、床に座り込んで息を整える笙玄に声をかける。

「だ、大丈…夫です…」

ふらつきながらも立ち上がる。
そこへ、銃声を聞きつけた僧兵達が駆け込んできた。

「いかがなされた!」

飛び込んできた僧兵の足は戸口で止まった。
部屋の有様に。

「勒按」
「はい」
「放り出せ」
「はい」

頷く勒按の顔は、紙のように白かった。
三蔵は、ふらつきながらも傍に歩いてくる笙玄に肩を貸す。
その仕草に笙玄は目を見開いたが、何も言わず、三蔵の好意に甘えた。

「勒按を手伝ってやれ。暴漢だ」

擦れ違う時に僧兵にそう告げると、三蔵は笙玄を支えて部屋を出て行った。




僧侶達は暴漢として、刑吏へ突き出された。
明恒はその日のうちに、数人の取り巻きの僧侶と共に寺院を後にした。

その後しばらく、悟空にちょっかいをかける者はいなかった。




殴られた傷に絆創膏を貼り、首を絞められた後の手形を首に巻いた包帯で隠して、笙玄は休むことなく勤めた。
だが、心配のあまり涙を溜めて、どうしたのかと訊いてきた悟空に、何と答えて良いのか困っていると、三蔵が、

「鍛錬で無茶やらかしたんだ。これからは、悟空、お前が笙玄の鍛錬の相手をしてやれ」

と、通りすがりにそう告げた。
その言葉に笙玄は、三蔵のからかうような気配を感じたが、出された助けに乗ることにして大きく肯いた。
そんな笙玄に悟空は、まだ信用できないと、潤んだ目を向けてくる。

「本当?」
「はい。三蔵様の手ほどきをお受けしたのですが、無理をしてしまったのです。ケガが治ってからですが、悟空、良かったら鍛錬に付き合って下さいますか?」

穏やかに頬笑んで、悟空の潤んだ瞳を見やる。
笙玄のお願いに悟空はようやく納得した笑顔を浮かべた。
そして、嬉しそうに

「うん、まかしとけって」

胸を張って頷く悟空に「よろしく」と、笙玄は笑った。




その後、本当に笙玄は、悟空と鍛錬の稽古をしたが、底なしの悟空の体力に笙玄が疲れ切り、三蔵の仕事に支障を来すこととなった。
ただでさえ、溜まる仕事の円滑な作業のためにも、何より三蔵の機嫌を保つために悟空との鍛錬はたったの一週間で終わった。
それを密かに喜んだのは誰だったのか。
それは、内緒。




end




リクエスト:寺院時代、僧侶達が悟空に危害を加えようとする事に気が付いた三蔵と笙玄が未然に防ぎ、計画を企てた僧侶達に報復をする二人。
最後は悟空の笑顔なお話。
12222 Hit ありがとうございました。
謹んで、華香様に捧げます。
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