小さなもみの木に
金色の星を飾って
窓辺に飾りましょ

今夜は異国の神様の誕生日。



A Little Fir
十二月。
師走。
年の瀬。
大晦(おおつごもり)。

寺院は忙しい。
それはもう、猫の手も借りたいほどに。

広大な敷地に点在する本堂を初めとする無数の建物のすす払いに始まる一連の年末行事に、修行僧達は駆り出される。
最高僧の三蔵とて例外ではなく、一年の納めの挨拶に来る傘下の寺の住職達の相手を一手に引き受けさせられる。
年に数えるほどしか、公の場に姿を見せない三蔵の外せない職務の一つだった。




朝から三蔵は、側係の笙玄の監視の元、逃げ出すこともままならず、入れ替わり立ち替わり挨拶に訪れる住職達の挨拶を受けていた。

「ご尊顔を拝し、恐悦至極でございます」
「三蔵法師様のお陰で、つつがなく本年も過ごせましたこと、御礼申し上げます」
「どうぞ明くる年、我が寺へ、下向賜りますことお願い申し上げます」

不機嫌な顔もできないが、頬笑むことなど爪の先程も思わない三蔵は、静かな無表情を決め込んで機械的に頷いていた。

前に立つ住職達はみな、同じ顔。
覚える気すらなく、早く終わってしまえと、衣に隠された手は、イライラと膝を叩いていた。








三蔵が忍耐の限界に挑んでいる頃、昨年、とある事件で知り合った八戒と悟浄に会うために、悟空は寺院の麓の街に下りていた。

新年まで、後一週間。

街は、色とりどりの煌めく飾りで飾られ、通りは様々な買い物客で賑わっていた。
悟空は、二人との待ち合わせ場所で、色とりどりの飾りに彩られた通りを飽きることなく眺めていた。

「悟空」
「よっ、サル」

目に鮮やかな紅い髪の男と、優しい微笑みを湛えた男が悟空を呼んだ。
その声に悟空は、ぱっと、顔を輝かせると、二人の側へと駆け寄った。

「八戒、悟浄」
「待ちました?」

二人を見上げる悟空に八戒が、穏やかに訊ねる。

「ううん、そんなに待ってねえよ」
「よかった」

ほっとしたように笑う八戒の笑顔に悟空の笑顔が深くなる。
そんな悟空の頭をくしゃっと悟浄が撫でると、

「三蔵サマはどーした?」

と、にやにや笑いながら訊いた。

「仕事。ずーっと」

答える悟空は、つまらなそうに口を尖らす。
その子供らしい仕草に、二人の口元がほころんだ。

「そうですか。じゃあ僕たちは、三蔵の分まで遊びましょうね」

八戒が、楽しそうに告げる。

「そーだな。忙しい三蔵なんかほっといて、遊ぼうぜ」

悟浄が、面白そうに言った。

「うん」

頷く悟空に笑顔が、戻った。

「じゃあ、まず食事をしながら何するか決めましょう」
「やりぃっつ」

八戒の提案に悟空は万歳をすると、八戒の腕に飛びついた。
三人は、待ち合わせ場所に選んだ広場を見渡せるレストランを選んで入っていった。






食事が終わり、悟空がデザートを食べながら話す三蔵の話を聞きながら、八戒と悟浄は目の前の小猿を愛しげに見つめていた。

「さて、悟空、これから何しましょう?」

にこにこと八戒が、食べ終わった悟空に訪ねた。
悟空は、オレンジジュースを飲みながら少し考えた後、街を見て歩きたいと言った。

「おう、いいぜ」

煙草を灰皿に押しつけ、悟浄が頷いた。
それを合図に三人は、賑わう街へと繰り出して行った。




赤、緑、白、金、銀。
リボン、モール、ガラス玉。
光、音、匂い。

様々なものが、悟空を不思議な世界へと誘う。

店のショーウィンドウのとりどりのお菓子や煌めく飾りに、悟空はその金色の瞳を輝かせて見つめた。

「なあ、何でこんなに街ん中、綺麗なんだろ」

不思議そうに八戒と悟浄を悟空は振り返った。

「えっ?」

八戒がびっくりした顔をした。
その表情を見て、悟空は変なことを言ったのかと、一瞬、不安な顔をする。

「八戒・・・・?」

どうしたのかと、コートの裾を引っ張って、悟空が訊く。
コートを引かれて、八戒は我に返った。

「あ、いえ。悟空、今日が何の日か知っていますか?」

と、反対に八戒が悟空に訊いてきた。
悟空は訊かれている意味が解らず、きょとんとしていたが、答えを思いついたのかにこっと笑うと、答えた。

「さんぞが、寺のじゅーしょくの爺ちゃん達から挨拶を受ける日。んで、さんぞの機嫌の悪い日」

誇らしげに胸まで張ってしまう。
その答えに一瞬八戒は目を見開き、悟浄はくわえていた煙草をぽろりと落として、固まってしまった。

「違うの?」

固まった二人の様子に悟空は、間違った答えを言ったのかと、上目遣いに二人を伺う。

「・・・って悟空」

どう言ったものかと八戒が、ため息混じりに言いかけた言葉は、悟浄の笑い声に遮られてしまった。
何事かと、八戒が悟浄を見る。
悟浄は、さもおかしそうに笑っていた。
何となく、自分が笑われていることに思い至った悟空は、むっとして、悟浄の足をけ飛ばした。

「ってぇな、サル」
「サルってゆーな。エロ河童」
「なーに言ってやがる。クリスマスも知らねえ、ガキが」

ガキ呼ばわりされて、言い返そうと身を乗り出した悟空は、”クリスマス”と言う耳慣れない言葉に、出鼻をくじかれた。

「くすります?」
「クリスマスですよ、悟空」
「何だ?!それ。食いもんか?」

不思議そうに聞いてくる悟空に八戒は、苦笑を押さえきれない。
そんな二人の呆れたような様子に悟空は、居心地の悪さを感じてしまった。
思いがそのまま言葉になる。

「ごめん、。知らない・・・ごめん」
「悟空?」
「俺、知らないから、ごめん」
「バーカ。お前は寺に居るんだから、知らなくて当たり前なんだよ」

うつむいてしまった悟空の頭を悟浄が、軽く撫でる。
八戒は、悟空の手をそっと取ると、

「一緒に来てください」

そう言った。

「えっ・・・」
「見せたい物があります。それを見ながら、クリスマスのこと教えてあげます。ね、悟空」
「うん・・・」






穏やかな笑顔を浮かべた八戒に導かれるように悟空は、小さな教会に連れて来られていた。

教会は煉瓦造りの建物で、真ん中の建物を挟んで鐘楼が二つ建っていた。
教会の周囲の生け垣には、星くずのような小さな電球が点され、門の正面の大扉は開け放たれていた。
八戒に促されて悟空は門をくぐり、大扉をくぐった。
二人の後を、悟浄が黙って続く。
教会の中に入った悟空は、その静謐な美しさに言葉もなく立ちつくした。

扉の正面に作られた色とりどりのステンドグラス。
質素な祭壇に点された無数のロウソク。
その明かりに照らされる十字架に張り付けにされた男の像。
全てが静かに悟空を見つめていた。

「悟空、さ」

八戒に肩を抱かれ、悟空は祭壇の下まで近づいて行った。
すぐ下から見上げる像は、白い大理石に刻まれたものだった。
見下ろす表情は悲しげで、両手足に打ち込まれた楔が痛々しかった。

「・・・この人、誰?」
「イエス・キリスト。異国の神様に選ばれた人です。たくさんの人を救おうとして、自ら刑を受けた人です」
「自分から・・・?」
「はい。クリスマスは、このイエス・キリストが生まれた日を言うんです」
「生まれた・・・日」

キリストの像を見上げたまま、八戒の説明を聞く悟空の瞳が、微かに潤んでいた。

「八戒、も少しここにいてもいい?」

胸の辺りを握りしめ、キリスト像を見上げたまま、悟空は消え入りそうな声で八戒にいった。

「ええ、構いませんよ」

頷きながら八戒は、悟空を見やった。
思い詰めたような表情で、何かを感じ取るようにキリスト像を悟空は見つめていた。
八戒は、悟空の側から離れ、少し後ろに佇む悟浄の横に立った。

「あいつ、初めてか」
「みたいですね」
「しかたねえか、坊主と暮らしてりゃ当たり前か」
「異教ですし、三蔵がこんなこと教えるとも思いませんから」
「だな」
「はい」

お互いに見交わして、小さく笑い合った。




白いコートに白いマフラー。
寒さにほんのりと赤くなった頬。
白い吐息、大地色の髪。
そして、澄んだ輝きを灯す黄金の瞳。

静かに教会の空気に溶け込むように佇む子供は、そのまま空気に溶けて、消えそうな錯覚を傍で見ている二人に起こす。
このまま居れば、金色の保護者が愛して止まぬこの子供を連れて行かれそうで、八戒は引き戻すように悟空に声を掛けた。

「悟空、そろそろ行きますよ。三蔵との約束の時間に遅れますから」
「・・・わかった」

八戒の声に返事をしても、悟空は動こうとはしなかった。

「おい、サル。行くぞ」

悟浄が出口に向かいながら声を掛ける。

「うん・・・」

魅入られたように佇む悟空。
悟浄は、小さく舌打ちすると、八戒に悟空を引っ張って来いと、手で促す。
八戒は、困ったようなため息を小さく吐くと、悟空の腕をとり、出口に向かって歩き出した。

「さ、悟空」
「うん・・・」

八戒に引っ張られるように悟空は、祭壇の前を離れた。
そして、名残惜しそうに振り返り振り返り、悟空は教会を後にした。








寺院へ帰る道すがら、先程とはうって変わって静かになった悟空を心配げに見つめながらも、どうやって気分を元に戻してやれるのか、八戒は考えあぐねていた。
と、いつの間にか消えていた悟浄が、戻ってきて、物言いたげな潤んだ瞳で歩く悟空の前に、小さな包みを差し出した。

「?!」

びっくりしたような不思議そうな顔で、悟浄とその包みを交互に見た。

「やる。開けて見ろ」

おずおずと差し出された手に、その包みを悟浄はのせてやった。
悟空は、不器用な手つきでその包みを開けた。
中には、手のひらほどの小さなクリスマスツリーが入っていた。
小さな樅の木に、もっと小さな金の星が飾られた、それだけのツリー。

「何、これ?」
「クリスマスツリーですよ」
「くすりますつりー?」
「さっきの人の誕生をお祝いするために飾られる物ですよ」
「へぇ・・・・」

街の街灯に照らされて星が、小さな光を放っていた。

「・・・きれい。ありがと、悟浄」

はんなりとした笑顔を悟空は、悟浄に向ける。
そして、そっと手のひらで包むようにして持つと、三蔵の待つ寺院へ歩き出した。



三蔵は、知っているのだろうか。
今日が何の日か。
誰が生まれたのか。
知らなかったら教えてあげよう。
教会で見たあの人のことを。
そして、このツリーを飾って、お祝いしよう。
三蔵と二人で。



細い三日月に導かれるように、三人は黙って、三蔵の待つ寺院へ向かって歩き続けた。
寺院の一番外側に位置する山門が見えた途端、悟空が走り出した。

「悟空?!」

八戒が捕まえようと手を伸ばした。
その手を悟浄が引き留め、顎を寺院の門へしゃくる。
その方を見れば、夜目にも白い法衣を着た三蔵が、不機嫌な顔で立っていた。

「三蔵」
「サルが心配だってよ」

八戒の耳元に囁く。
その足下の石が跳ねた。

「くそ坊主が!」

今度は悟浄の顔のすぐ横を熱い風が、通った。

「サルの相手をして、これが礼か?」
「喧しい!とっとと帰れ」

三蔵の不機嫌な声が、返ってくる。

「てめえ、この・・・」
「三蔵、確かに悟空は、送り届けました。それじゃ」

言い返そうとする悟浄を押さえ込むようにして八戒は、二人に背を向けた。

「八戒、悟浄ーっ!ありがとうーっ!!」

元気な悟空の声に八戒は、今夜何度目になるかわからない苦笑を浮かべた。
振り返り、悟空に手を振るとまだ、言い返そうと足掻く悟浄を引きずるようにして帰って行った。








窓辺に樅の木を飾る悟空を居間の長椅子に座って、三蔵は黙って見つめていた。
悟空は、窓に映る三蔵の穏やかな表情を見ていた。

「さんぞ、今日は何の日か知ってる?」

振り返らないまま悟空が聞いた。

「今日?」
「うん、今日」


十二月二十五日。
くそ面白くもない仕事を日がな一日させられる日。
見たくもないジジイ共の相手をさせられる日。
それ以外、何がある?

「わかんない?」

振り返って、楽しそうに聞いてくる。



小猿は、何を持って帰って来た?
星の飾りの付いた小さな樅の木。
そう言えば、この寺院へ来る前に見た事があった。
異国の救世主の誕生日を祝うのを。
自分には縁のないものだったので、忘れていたが。
だが、何故、小猿が知っている?

そこで、翠の目をした男のことを思い出した。
人好きのする笑顔を浮かべた、悟空を可愛がる男を。



いらんことを



窓辺に座って答えを嬉しそうに待つ悟空を見やって、三蔵はため息と共に答えた。

「異国の救世主の誕生日」

三蔵の答えに悟空は、その瞳を見開く。

「何で?何で、知ってんの?」
「さあな」
「なあ、さんぞ。何でだよ?」

答えない三蔵に悟空はじれる。
三蔵は、じれて頬を膨らます悟空を面白そうに眺めていたが、不意に立ち上がると悟空の傍に行った。

「なあ、さんぞ」

自分に近づいてくる三蔵の姿を目で追いながら、悟空は理由を聞くことを止めない。
すぐ傍に三蔵は立つと、窓辺に置かれた小さな樅の木を見た。
小さな星を飾った小さなツリー。

「さんぞ・・・」

答えない三蔵の僧衣を掴む。

「昔、な。旅の途中で見たんだよ」

悟空の丸い頬を指でたどりながら、ようやく答える。

「そっか。じゃあ、あいつは見た?十字架に磔にされてる・・イエス・キリトス」
「イエス・キリトス?」
「うん。街のきょーかいってところで見たんだ。たくさんの人間を救うために自分から磔になったヤツなんだって」

金の瞳を輝かせて、話す。

「俺、そいつを見たとき何か胸がぎゅって痛かったんだ。んで、三蔵を思いだしたんだ」

悟空を見つめる紫暗が、先を促す。
頬をたどる指は、悟空の首筋をなぞり、また、頬へと戻ってゆく。

「ぜってーないって思うのに、いつか三蔵もイエスってヤツみたいな事するんじゃないかって思っちゃって、だから・・・」

その先は、三蔵の口づけに飲み込まれた。

「・・・さんぞ・・」
「しねぇよ」

静かに告げられる言葉に悟空は、微かに頷く。
顎にあった手は、ゆるゆると悟空の項を辿る。

「うん、さんぞ」

はんなりと頬笑む悟空の儚げな笑顔に三蔵は、口づけを落とす。

「・・・さん・・ぞ」

間近に覗く紫暗の瞳は、穏やかな光を宿し、身体を辿るその手は優しく悟空を包んでゆく。

「傍に居てやるよ」
「うん」

囁きは悟空の身に溶けて、全身に染み込んでゆく。
緩やかに抱き込まれ、先の行為へと導く三蔵に身を委ねながら、悟空は三蔵が傍にいる幸せを噛みしめていた。

静かに降り積もる愛しさの数だけ、長く傍に居られることを願って。




end

close