field of flowers

朝、目が覚めて最初に探すのは、金色の太陽。
眠い目を擦り擦り、寝台に起き上がる。

「…さん、ぞ」

子供は金色の瞳を瞬かせて、するりと寝台から降りる。
素足に床が、冷たい。
そんなことに構わず、子供は大地色の髪を揺らせて居間の扉を開けた。

広がる光。

大好きな太陽は、窓辺の長椅子で煙草をくゆらせて新聞を読んでいた。
子供は、一目散に駆け寄る。

「さんぞ!」

嬉しげな子供の声に三蔵は、新聞に落としていた視線を上げた。
その先に、嬉しそうに笑う己の養い子の姿を見る。

「さんぞ!」

三蔵が返事をするまでこの子供は、自分の名を呼ぶつもりだろうか。
子供の顔を見ながら、ふと、そんなことを思う。

「さんぞ!」

子供がまた、呼んだ。
三蔵は、小さく息を吐いて答えてやる。

「ああ」

途端、子供は三蔵の首に飛びつく。
その身体の下で、新聞が乾いた音を立ててくしゃくしゃになった。

「さんぞ」

三蔵の首にかじりついた子供は、壊れたレコードのように三蔵の名前を呼ぶ。

「何だ、悟空?」

抱きつく悟空の身体を引きはがし、三蔵はくしゃくしゃになった新聞を傍らに置く。
そして、悟空を膝に抱き直した。

「今日は仕事ないのか?」

小首を傾げて訊いてくるその幼い仕草に、三蔵はコイツは今、いくつだったかと年齢を考えてしまう。

「さんぞ?」

答えない三蔵の顔を覗き込む。

「あ、ああ、今日はない」
「じゃあ、休みか?」
「休みだ」

そう聞いた途端、悟空の顔に大輪の笑顔の花が咲いた。

「じゃあ、じゃあ、今日はずっと一緒に居られる?」
「まあ…な」
「やったぁ──っ!」

三蔵の膝の上で飛び上がる。
その姿に、三蔵は苦笑を浮かべた。

一体何が嬉しいというのだろう。
一緒にいて何をするわけでなく、ただ、傍にいる。
気が向けば話しかけ、気が向かなければお互いに好きなことをして過ごす。

子供の遊び相手などしたことも、する気もない。
悟空が一緒に行こうと言う場所へついて行って、そこでぼんやり勝手に悟空が遊んでいる姿を見つめている。

何と言うことはない時間。

悟空は時折振り返り、嬉しそうに笑う。
見返し、幸せそうな笑顔を送ってよこす。

それに答えるでもない自分。
笑いかけるでもない自分。

それでも、子供は本当に満ち足りた笑顔の花を咲かせるのだ。



本当に、何処が良いんだか…








朝食の後、悟空が三蔵の手を引いて、裏山に連れ出した。
若葉に彩られた山道を早く早くと急かして歩く。

「悟空…おい?」

木立が切れたその場所で、不意に立ち止まった悟空に訝しげな視線を投げる。
と、

「見て…三蔵の花畑」
「何言って…」

悟空が指さす先の光景に、三蔵の言葉はそこで途切れた。

目の前に広がるのは一面の紫。
淡い紫の名も知らぬ小さな花が、見渡す限りの草原を埋め尽くし、世界を紫に染めていた。

「ね、三蔵の花畑。きれーでしょ?」

声もなく立ちつくす背後の三蔵を振り返って、悟空が笑った。
それに頷くことも忘れて、三蔵はその紫の海に見入る。

風が緩やかに吹いて、小さな花達をそよがせ、三蔵と悟空の髪に触れた。

「一緒に見たかったんだ」
「……そうか」
「うん!」

くしゃっと、悟空の柔らかな髪を掻き混ぜて、三蔵は柔らかな笑顔を浮かべた。







次の休み、悟空は三蔵にとある場所へ連れて来られた。
そこに見たのは、一面の黄色。
耳元で囁かれた言葉に、悟空は薄紅に染まった微笑みを浮かべたのだった。



───お前の花畑だ。綺麗だろう?




end

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