貴方の笑顔が見たいから

優しい笑顔が好きだから

出会えたことの嬉しさを

側に居てくれる幸せを

支えてくれるその心に感謝を込めて──────



For You
子供が走ってゆく。
溢れるほどの秋の実りを抱えて。

「三蔵、これ!」

どんと、音を立てて、重たいカゴを居間の机の上に悟空は置いた。
そのカゴの中身を見て、三蔵がため息を吐いた。

「こんなにいらねえだろうが」
「だって、一杯、一杯あげたいんだもん」

ぷうっと頬を膨らませて、呆れる三蔵の顔を睨み上げる。

「…ったく、わかったよ、サル」
「うん!って、サルってゆーな!」

べぇっと舌を出すと、カゴを再び抱えて悟空は厨に入っていった。
三蔵は肩を竦めて悟空を見送ると、寝室に入って行った。








笙玄は町はずれの寺院の別院で、住職の話し相手をのんびりと勤めていた。

今朝、三蔵から

「別院の住職、綜郭がお前に会いたいと言ってきた。今日は何の予定もないから行ってきてやれ」

と言われたのだ。
綜郭は、笙玄が最初に入山した寺の住職の師匠に当たる僧侶で、齢八十を超える老僧だった。
穏和な性格で、人当たりも良く、三蔵と悟空、笙玄の事を気に掛けていた。
そして、三蔵が寺院に着院したての頃、いつも張りつめている三蔵に神苑の存在を教えたのも彼だった。
皆が蔑む悟空の存在も、三蔵の元気の良い養い子程度の認識しか持っていず、以前、悟空と初めて対面した時、

「三蔵様に迷惑をかけるでないよ。寂しかったらこのじいの所へでもおいで。ここにはお前をどうこう言う輩はおらんでな」

そう言って、三蔵の後ろに隠れるようにしていた悟空に笑いかけた。
柔らかな人の良い笑顔に、悟空もおずおずとだが頷き、はにかんだ笑顔を返したのだった。

綜郭に少なからず好意を持っている三蔵は、その願いを無下にすることもなく聞き入れ、笙玄を使わせたのだった。
実のところ、とある計画のために笙玄を自分と悟空の側から遠ざける為の理由を探していた三蔵の思惑と綜郭の願いが一致したのが、今回の笙玄のお使いの大きな理由であった。

そんなことも知らず、笙玄は穏やかで、暖かな時間を過ごし、日暮れにようやく、寺院への帰途についたのだった。











夕暮れの風が、悟空に笙玄の帰りを告げた。

悟空は慌てて三蔵のもとへ走ると、笙玄がもうすぐここへ帰ってくることを報告した。
二人は、右往左往しながら何とか準備を終え、笙玄が帰着の報告を告げに来るのを固唾を呑んで待った。




──────やがて……




静かな扉を叩く音と共に、笙玄が寝所の扉を開けた。

「ただ今、帰りました。遅くなって申し訳ありませんでした」
「お帰り〜」
「ああ…」

笙玄の挨拶に悟空は絵本から顔を上げて笑顔を返し、三蔵は読んでいた新聞から顔も上げずに返事を返した。
ほうっとため息を吐いて

「すぐに夕餉の支度をいたします」

そう言って、厨に向かいかけた笙玄は机の上の包みに気が付いた。

「…これは?」

机の上の包み───それは綺麗な色の大きな風呂敷包みと小さな包みだった。
訝しげにその包みを見つめる笙玄に、悟空が嬉しそうに告げた。

「それ、笙玄にあげる!」
「はい?」

悟空の声に笙玄は、きょとんと悟空を振り返った。

「だからぁ、その包みは、二つとも笙玄にあげるんだって」
「私、にですか?」
「うん!」

戸惑った顔で、今度は新聞を読んでいる三蔵を笙玄は見やった。

「あの…三蔵様、これはその…どうして…」
「サルの気持ちだ、受け取ってやれ」
「悟空の…?」

また、悟空の方を見る。

「俺と三蔵の気持ち!」
「お二人の?」
「いつもいっぱい嬉しいことしてくれるからそのお礼。んで、今日は笙玄が生まれた日だって聞いたから、生まれてくれてありがとうってそんで…だから、何だっけ?さんぞ」

小首を傾げて、三蔵に問いかける。

「祝いだ」

呆れた小さな声で答えが返る。

「そう!お祝い!だから受け取ってね」

満面の笑顔を浮かべて悟空が、笙玄に告げた。
その予想もしなかった言葉と贈り物に、笙玄は一瞬頭が真っ白になった。
瞳を見開いて、押し黙った笙玄の様子に、悟空はどうしようと、三蔵を見上げた。
三蔵もだたならぬ笙玄の気配に、新聞を置いて笙玄の様子を窺った。
そして、

「おい、笙玄?」

声を掛ける。
その声に、はっとして笙玄はぱっと音がしそうな程の勢いで、顔を朱に染めた。

「笙玄?」

そんな笙玄の側に寄って、悟空は笙玄を見上げた。
その頬に、暖かい雫が落ちた。

「笙、玄?」
「ありがとうございます。ありがとうござ…いま…す」




何という幸せ。
何という喜び。

こんな風に受け入れられているなんて。
こんなに側に居させてもらえてるなんて。

笙玄はただ、ただ嬉しかった。
幸せだった。

辛いことの多いだろう寺院の生活での二人の支えに少しでも慣れたらと、そう思ってきた思いが報われた気がした。
親を早くに亡くした身の上で、頼る身内のいなかった自分。
そんな自分を引き取って育ててくれた住職が、ことあるごとに笙玄に言い聞かせていた。

「よいか、何事も真心込めてするのだよ。大切に感謝を込めてな。良い思いも悪い思いもそれはそなたの心がけ次第で、良くも悪くもなる。御仏はいつも見てお出でだ。そしてな、真心には真心が、悪意には悪意が還ってくる。だからこそ、どんな思いも流れる水のごとく拘らず、あるがままに受け入れ受け流し、努力を怠るでないぞ。よいな」



思いのままに、忠実に真心込めて、流るる水のごとく素直に。



生まれた喜びを、産んでくれた感謝を、出会えた喜びを、側にいられる幸せを何に感謝すればいいのだろう。




嬉しさに溢れる涙を作務衣の袖口で拭いながら、笙玄は何度も礼を述べた。
そんな笙玄の姿を悟空は何とも言えない嬉しそうな顔で、三蔵は苦笑混じりの笑顔を浮かべて見つめていた。




ようやく落ち着いたらしい笙玄に、悟空は改めて告げた。

「なあ、それ開けてみてよ」

指さす包みを見て笙玄は頷くと、包みをほどき始めた。
最初は小さな方。
薄い萌葱色の包みには、真新しい作務衣が入っていた。
今の作務衣は、何年も着ているためよれて、くたびれていたから丁度よいモノだった。

「それは、三蔵からだよ」

広げて見る笙玄に、悟空が告げる。

「大切にいたします、三蔵様」

抱きしめるようにして礼を言う笙玄に、三蔵は黙って頷きを返すだけだった。
次に大きい方の包み。
明るい紅葉色の包みを開いた途端、雪崩を打って中身が転げ落ちた。
それは、栗、柘榴、アケビ、柿、銀杏、きのこ、山の秋の実りだった。
カゴ一杯の秋の香り。
悟空の気持ち。

「それは俺から。いっぱい、いっぱいなっ!」
「はい。いっぱい頂きました。みんなで食べましょうね」
「うん!」

輝く笑顔で頷く悟空に、笙玄は満面の笑顔で頷き返すと、もう一度深々と頭を下げたのだった。




何物にも代え難い幸せを。

何よりも幸せな一時を。

あなた方と一緒に居られる喜びを。

与えてくれたこの瞬間に感謝を─────




end

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