貴方の笑顔が見たいから 優しい笑顔が好きだから 出会えたことの嬉しさを 側に居てくれる幸せを 支えてくれるその心に感謝を込めて──────
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For You |
子供が走ってゆく。 溢れるほどの秋の実りを抱えて。 「三蔵、これ!」 どんと、音を立てて、重たいカゴを居間の机の上に悟空は置いた。 「こんなにいらねえだろうが」 ぷうっと頬を膨らませて、呆れる三蔵の顔を睨み上げる。 「…ったく、わかったよ、サル」 べぇっと舌を出すと、カゴを再び抱えて悟空は厨に入っていった。
笙玄は町はずれの寺院の別院で、住職の話し相手をのんびりと勤めていた。 今朝、三蔵から 「別院の住職、綜郭がお前に会いたいと言ってきた。今日は何の予定もないから行ってきてやれ」 と言われたのだ。 「三蔵様に迷惑をかけるでないよ。寂しかったらこのじいの所へでもおいで。ここにはお前をどうこう言う輩はおらんでな」 そう言って、三蔵の後ろに隠れるようにしていた悟空に笑いかけた。 綜郭に少なからず好意を持っている三蔵は、その願いを無下にすることもなく聞き入れ、笙玄を使わせたのだった。 そんなことも知らず、笙玄は穏やかで、暖かな時間を過ごし、日暮れにようやく、寺院への帰途についたのだった。
夕暮れの風が、悟空に笙玄の帰りを告げた。 悟空は慌てて三蔵のもとへ走ると、笙玄がもうすぐここへ帰ってくることを報告した。
──────やがて……
静かな扉を叩く音と共に、笙玄が寝所の扉を開けた。 「ただ今、帰りました。遅くなって申し訳ありませんでした」 笙玄の挨拶に悟空は絵本から顔を上げて笑顔を返し、三蔵は読んでいた新聞から顔も上げずに返事を返した。 「すぐに夕餉の支度をいたします」 そう言って、厨に向かいかけた笙玄は机の上の包みに気が付いた。 「…これは?」 机の上の包み───それは綺麗な色の大きな風呂敷包みと小さな包みだった。 「それ、笙玄にあげる!」 悟空の声に笙玄は、きょとんと悟空を振り返った。 「だからぁ、その包みは、二つとも笙玄にあげるんだって」 戸惑った顔で、今度は新聞を読んでいる三蔵を笙玄は見やった。 「あの…三蔵様、これはその…どうして…」 また、悟空の方を見る。 「俺と三蔵の気持ち!」 小首を傾げて、三蔵に問いかける。 「祝いだ」 呆れた小さな声で答えが返る。 「そう!お祝い!だから受け取ってね」 満面の笑顔を浮かべて悟空が、笙玄に告げた。 「おい、笙玄?」 声を掛ける。 「笙玄?」 そんな笙玄の側に寄って、悟空は笙玄を見上げた。 「笙、玄?」
何という幸せ。 こんな風に受け入れられているなんて。 笙玄はただ、ただ嬉しかった。 辛いことの多いだろう寺院の生活での二人の支えに少しでも慣れたらと、そう思ってきた思いが報われた気がした。 「よいか、何事も真心込めてするのだよ。大切に感謝を込めてな。良い思いも悪い思いもそれはそなたの心がけ次第で、良くも悪くもなる。御仏はいつも見てお出でだ。そしてな、真心には真心が、悪意には悪意が還ってくる。だからこそ、どんな思いも流れる水のごとく拘らず、あるがままに受け入れ受け流し、努力を怠るでないぞ。よいな」
嬉しさに溢れる涙を作務衣の袖口で拭いながら、笙玄は何度も礼を述べた。
ようやく落ち着いたらしい笙玄に、悟空は改めて告げた。 「なあ、それ開けてみてよ」 指さす包みを見て笙玄は頷くと、包みをほどき始めた。 「それは、三蔵からだよ」 広げて見る笙玄に、悟空が告げる。 「大切にいたします、三蔵様」 抱きしめるようにして礼を言う笙玄に、三蔵は黙って頷きを返すだけだった。 「それは俺から。いっぱい、いっぱいなっ!」 輝く笑顔で頷く悟空に、笙玄は満面の笑顔で頷き返すと、もう一度深々と頭を下げたのだった。
何物にも代え難い幸せを。 何よりも幸せな一時を。 あなた方と一緒に居られる喜びを。 与えてくれたこの瞬間に感謝を─────
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