a full moon |
十五夜の夜、観月の宴が開かれた。 月が昇ったら始まる宴。
父と母と祖父。 あとは家の世話をしてくれる執事とメイド。 お客様は、祖父の秘書兼ボディーガードの天蓬と父の秘書兼ボディーガードの捲簾。 そして何より、家中の人間が愛して止まぬ子供。 内輪だけのささやかなお月見。 屋敷の中庭にテーブルを出して、雄花を飾って、柔らかな月見団子を供えて。 全ての仕事を終えた人々が集う。 「悟空、ほらお月様が登りましたよ」 祖父、光明に抱き上げられた悟空は、澄んだ光にその円らを見開く。 「おっきい…」 見上げる月は、黄金とも青い銀ともつかぬ色。 「さあ、ゆっくりと楽しみましょうね」 腕の中の悟空を父親の金蝉に渡し、光明は傍らに立つ三蔵を抱き上げた。 「さんぞ、いっしょ」 それは嬉しそうに花ほころぶ笑顔に、三蔵の頬が見る間に朱を掃く。 「子供はね、大人に甘えて良いんですよ。三蔵だって抱っこ、気持ち良いでしょう?」 光明の言葉に三蔵はびっくりした顔を光明に向けたまましばし固まっていたが、 「ね、三蔵」 答えを要求する光明の笑顔に、ぎこちなく三蔵は頷くのだった。
三蔵は生まれながらに、悟空のボディーガードとして育てられている。
世界有数の巨大コングロマリットの次期総帥たる金蝉の一粒種、それが三蔵が守る悟空。
その幼い命を狙うもの、誘拐して巨額の身代金を要求しようとするモノなど、悟空の周りに犯罪の影は絶えない。 それでもまだ、十歳の子供。 だからこそ、こんな月の綺麗な夜には、純粋に子供に戻っても良いのだと、光明は思う。 この腕の中の金色を頂く子供は、まだこんなにもか細く柔らかいのだから。
それぞれにグラスが配られ、静かな乾杯に月光が煌めいた。
今年も十五夜が巡ってきた。 乾いた夜風に大地色の髪を揺らしながら、悟空は中庭に座って空を見上げていた。 「こんな所に居たのか」 沈んだ返事に三蔵は、小さなため息を吐く。
今年は十五夜のお月見は開かれない。
あっけないほどの事故。
三蔵は両親の突然の死が受け入れられない悟空の傍らを一時も離れることが出来なかった。 目を離せば何処かへ消えてしまいそうなほどに、今の悟空は儚く脆い。
「今日は少し冷える。中に入れ」 頷くだけで動かない悟空の後ろに、三蔵は腰を下ろした。 「十五夜か」 膝を抱えて、無表情に空を見上げる悟空の容が、月光の蒼い光に溶けてしまいそうで。 「悟空…誰も見てねぇ」 ゆらりと空を見上げる悟空の金眼が揺れた。 「側に居てやる」 膝を抱えた悟空の手から力が抜けた。 「…泣いちまえ」 溢れ出した透明な雫は、蒼い月光に染まって、濡れる黄金は柔らかく溶ける。 「…さんぞぉ…」 振り返り、三蔵に縋って悟空は声を上げて泣いた。
泣いてもこの哀しみが癒えるはずもないが、行き場を失っていた思いは解き放たれた。 早すぎる両親との別れ。 この愛し子が潰れないように、壊れないように、この力及ぶ限り、愛しい大切な子供と共に。 儚く脆い姿とは裏腹に、堅い誓いを宿した心を抱えた三蔵の姿を煌々と冴え渡る望月が見下ろしていた。
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