「また、届いた…」
段ボール箱を抱えた悟空が頬を膨らませながらリビングに入ってきた。
その抱えた箱の大きさを見て、焔が瞳を見開く。
「何個目だ?」
問えば、
「五箱目」
ドンっと、床に投げ出すように箱を置きながら答えが返る。
「五つ…お前の恋人はモテるねぇ」
「るっさい。三蔵は俺のなの。誰にもやらないし、俺以外の愛は受け取らねえ」
焔の言葉に、拳を突き上げんばかりに力説する悟空の頭が殴られた。
「…ってぇ…──三蔵!」
「何バカなこと言ってやがる」
呆れた声までついてきた。
「バカなことじゃねえもん」
振り返った悟空の顔を見た三蔵の顔が本当に呆れたと言っていて。
「察してやれ。悟空はお前がモテるのが気に入らないんだよ」
焔が笑いを堪えて助け船を出しながら、三蔵の足下に置かれた段ボール箱を指さす。
それを目で追い、段ボールに気付いた三蔵が嫌そうに顔をしかめ、大きなため息を吐いた。
「送ってよこすなと、毎年言ってるのに…」
「生半可な量じゃないから編集部も困るんだろうさ」
訳知り顔で言う焔に、三蔵はため息で答える。
そうなのだ。
焔の言うとおり、編集部に送られてくる三蔵宛のバレンタインチョコレートの多さは毎年数え切れない。
顔写真を出さない間はほとんど他の作家と変わらないどころか、少ない方だった。
それが、とある賞の受賞をきっかけに、長い間隠していた顔写真が世間に流れた。
たった一度。
それからだ。
信じられない数のファンレターから始まって、贈り物が三蔵の本を担当する編集社に送られてくるようになったのは。
バレンタインデーやクリスマスのイベントの時などは、ただでさえ多い所に、更に何倍にも増えるとあって、対処に困る編集社は絶対に贈り物は受け取らないと承知の上で三蔵の元へ送ってくる。
宅配便業者や郵便局での受け取り拒否を繰り返しても懲りず、諦めずにまた送ってくるので、根負けした三蔵が今は諦めて受け取っているという有様だ。
編集社も受け取った三蔵が捨てようが、燃やそうが、受け取ろうが、関知しないという暗黙の了解で。
「得体の知れない人間の物なんて三蔵は受け取らないのに」
箱を軽く蹴りながら悟空が言えば、
「わかってんならバカなことほざいてないで手伝え、サル」
そう言って、三蔵は踵を返した。
「サルじゃねえって…──手伝うって?」
三蔵の言葉に反論する途中で、はたと三蔵の言葉に気が付いた悟空は、疑問符を頭に浮かべながら三蔵の後を追った。
そんな二人の様子を見ながら焔は何とも言えない顔つきで、深いため息を吐いたのだった。
「信じられねえっ!」
山のように積まれた綺麗にラッピングされたチョコレートの箱を目の前に、悟空は三蔵の行為を見て思わず声を上げた。
その声に三蔵は驚いた顔を見せる。
「何だ?」
「いくら何でもそれはねえって」
悟空の慌てた様な口ぶりに三蔵は驚いた表情を何故と、不思議そうに変えながらも作業の手は止めない。
「いいじゃねえか。俺がもらった物をどう扱おうが。それにお前も言ってたじゃねえか、俺は得体の知れない人間からの物は受け取らないって」
「そりゃ…そうは言ったけど…でも…」
そう、でもなのだ。
ほんの一瞬、世間に出回った写真や本のインタビュー記事に写った三蔵の姿に恋をした人間達。
それ以前から三蔵のことを知り、ストカー紛いにつきまとう人間達を含め、三蔵は無意識に人を惹きつける。
本人の気持ちなど関係なく、一方的な想いを押しつけられてきた。
その一方的な想いから身の危険に晒されたことさえ何度もあった。
だから三蔵は顔も素性も知れない人間からの物を受け取らない。
顔見知りの人間からでさえも物を受け取らない徹底ぶりだ。
そんな三蔵の姿を悟空は見てきた。
だから、三蔵の気持ちは痛い程よくわかる。
理解も出来る。
でも、なのだ。
三蔵に想いを寄せる人間達の気持ちもわかるのだ。
悟空だって三蔵を追いかけ回していた奴等と大差なかった。
偶々、悟空が人ではないイキモノで、三蔵が投げやりに死を望んでいた。
ただ、それだけなのだ。
違う出逢いであれば、悟空は今、三蔵に想いを寄せる顔も知られない人間達の中にいるはずなのだから。
だから、どんな形であってもその想いをほんの欠片でも良いから、掬い取って欲しいと、望んでしまう。
ただ一人の大事な、掛け替えのない人だから。
受け容れられない悲しみがわかるから。
嫉妬に駆られてもなお。
「…三蔵…」
悟空の泣きそうな声に三蔵はその紫暗を一瞬、見開いてすぐ伏せた。
そして、
「……俺は…お前で手一杯なんだよ…」
わかれ、サルと、そう言って、悟空に背中を向けた。
「…ぇ?!」
三蔵の言葉を理解できずに悟空は瞳を見開いた。
けれど、その表情がすぐに嬉しそうに笑み崩れた。
「三蔵」
名前を呼ぶなり、悟空は三蔵の背中に抱きついた。
そして、
「うん、隙間なんて作らせない。もっと、持て余して」
言えば、抱きついた腕を柔らかく叩かれたのだった。
その感触と頬に当たる三蔵の温もりを感じながら、悟空は目の前で燃え盛る炎と共に夜空に昇る数知れない三蔵への想い達へそっと、誓うのだった。
誰にも負けない、誰にも譲らない、この存在かけてと。
end