気が付くと三蔵が、俺を見てる。
じっと、何か言いたげな瞳を向けている。
でも、何って訊いても何も答えてくれない。
一体、何が言いたいんだろう?



初めての気持ち
視線を感じて振り向けば、窓に三蔵の姿があった。
仕事、忙しくないのかな?
三蔵のいる窓を見上げれば、ふいっと三蔵は姿を引っ込めた。

「変なの…」






首を傾げることが最近、多い。

一つは、笙玄。
いつもは三蔵と一緒に俺の話を聞いてくれるのに、この頃三蔵が部屋に入ってくると、反対に部屋を出て行ってしまう。
そう、必ず三蔵と俺と二人だけにしてしまう。
それは嫌じゃないし、嬉しいけど、笙玄も大好きだから一緒に話を聞いて欲しいし、話しもしたいって思ってるのに・・・俺、何かしたのかな?

もう一つは三蔵。
何にも言わないのはいつものことだけど、何か違うんだ。
じっと俺のこと見てる。
何か言いたげな瞳をして。
見てない時は、いつの間にか俺の側に来て、俺に触れる。
三蔵は、人に触れるのも、触れられるのも嫌いなはずで、俺が三蔵に触れても怒られない時はよっぽど機嫌の良い時なのに・・・どうしちゃったんだろう?

そして、俺。
俺も最近、変。
だって、三蔵に見つめられてることに気が付いてから、三蔵の顔を見たらドキドキするんだ。
そして、顔が熱くなる。
何にも言わずに見つめる三蔵の視線に落ち着かなくなって、どうして良いのかわかんなくなる。
その上、三蔵が俺に触れてくるともう、心臓が口から飛び出そうなくらいドキドキして、訳がわかんなくなる。
俺、病気なんだろうか?











訳がわかんないドキドキの所為で、俺は最近寝不足だった。
居間で、三蔵が買ってくれた本を読んでるうちに眠くなって眠っちゃった日、柔らかな感触で目が覚めた。
寝ぼけてる俺は、よくわからなかったんだけど、柔らかいものが唇に触れて離れたんだ。
目を開けたその目の前には、三蔵の顔があって、俺、いっぺんで目が覚めて、飛び起きた。

「さ、さんぞ!」

声を上げる俺を見て三蔵は、楽しそうに瞳を眇めると、俺の頭をくしゃっと掻き混ぜて、居間を出て行った。
俺は、唇に残る柔らかい感触に不思議な気持ちがしていた。


胸の中が暖かくて、何か…そう、幸せな気分。


って、誰が触れたんだろう。
まさか、三蔵が…?

俺は顔が真っ赤になるのがわかった。











相変わらず、気が付くと三蔵は俺を見てる。
何も言わず、不思議な紫色の瞳で。

「…なあ、何俺のこと見てんだよ?」

訊けば、三蔵の腕が伸びて、俺の腕を掴まえた。

「な…に?」

腰の引ける俺に構わず、三蔵は強く俺の腕を引くと、抱き込んでしまった。
俺はびっくりして、声も出ない。
一瞬、ぎゅって力を入れたかと思うと、俺の身体はポンと離された。
そして、

「外、行ってこい」

そう言って、仕事に戻ってしまった。
俺は、何を言えばいいのかわからなくて、心臓はバクバクいってて・・・どうにかなりそうだった。
そんな俺にもう関心がないのか、三蔵は黙々と仕事をしている。
そんな姿を見てたら腹が立ってきた。
でも、どう言っていいのか言葉が見つからなくて、俺は三蔵の仕事部屋を飛び出した。
どこをどう走ったのかよくわからないうちに、俺は裏山のいつもの場所に来ていた。

お気に入りの場所に立つ樫の木の幹に抱きつくと、俺は息を吐いた。

「なあ…三蔵ってばどうしちまったんだろ。三蔵も変だけど、俺も変だよな…三蔵見てドキドキするなんて…さ」

俺の困ったような呟きに樫の木が答えてくれる。

「三蔵が好きかって?決まってるじゃん、大好きだよ」

ざわざわと梢が揺れる。
まるで、樫の木が笑ってるみたいで、こっちも嬉しくなる。

「おかしい?何で?もっと違う好きって気持ちがあるって?何さ、それ?」

訊いても樫の木は笑って、教えてくれなかった。
好きって気持ちに種類があるんだろうか?
俺は、よけいわからなくなって、

「わっかんねぇよぉ!」

叫んでた。











「なあ、笙玄、好きって気持ちに種類があんのか?」

昼ご飯を食べながら、笙玄に訊いてみた。
笙玄は俺の質問にびっくりした顔をしかと思うと、嬉しそうに笑った。

「好きな気持ちには、種類があるんですよ」
「どんな?」
「家族の好き、友達の好き、食べ物や生き物、自然に対する好き、そして何より大切な恋人の好きがあります」
「何より大切な恋人の好き…?」
「はい」

”恋人の好き”って?

「どんなの?」

俺の質問に笙玄はにこにこ笑うばかりで、答えてくれない。
訳わかんねえし、胸ん中はもやもやするし、落ち着かない。

「なあ、わかんねぇ。何で教えてくんねえの?」
「それは、自分で見つけるモノだからですよ」
「自分で?」
「はい。きっと悟空にもわかりますよ」

笙玄はそう言って、食べた食器を片づけ始めた。
俺は、湯飲みを両手で抱えて、笙玄の言葉と、樫の木の言葉を考えた。











もやもやした気持ちのまま、何日か過ぎた。

三蔵は相変わらず、俺を見つめる。
それはそれは不思議な瞳で。

俺はその瞳に会うたびに、胸がドキドキして落ち着かなくなる。
三蔵の側に居たいのに。




「おい、サル、手伝え」

そう言って、三蔵が俺を書庫に笙玄と一緒に連れてきた。
書庫は薄暗くて、埃と本のインクの匂いと紙の匂いがする。
天井まで届く書棚に見たこともない本がびっしりと立てられ、大きなたくさんの引き出しには、経文や巻物が入っている。
三蔵は、笙玄に本の名前の書いた紙を渡して、捜すように言ってた。
俺は笙玄が持ってきた本を三蔵の言う順に並べて、箱に入れる作業をした。

「なあ、これ何て読むんだ?」

表紙に書いてある字がよく読めなくて、三蔵に訊こうと近づいた途端、腕を引かれて、また抱き込まれてしまった。
それと同時に、俺の後ろで笙玄の悲鳴と本の落ちる音がした。
三蔵に抱き込まれたまま振り返れば、笙玄が本を床にばらまいていた。

俺を庇ってくれたんだ。

ほっと息を吐いて三蔵にありがとうを言いかけたら、顔を両手で挟まれた。
鼻が触れて、息が掛かるくらいすぐ側に三蔵の顔があった。

三蔵の綺麗な紫暗の瞳が、あの不思議な色になってて・・・

顔が赤くなるのがわかった。

「ケガ、してねえな」

そう言って三蔵は俺の顔から両手を離した。

心臓がバクバクして、顔がどうしようもなく赤くなってる。
今にも三蔵が俺に口づけするのかと・・・・へっ?!

その場に座り込んでしまった。

「何座ってやがる。とっとと手伝え」

げしって、蹴られた。
そんなことどうでも良いくらい俺は、動揺してた。

今、何を考えた?
何を思った?
何で?

俺は三蔵に蹴られて床に転がったまんま、動けなくなった。
そんな俺を無視して三蔵と笙玄は、仕事を続けてた。

何で、俺・・・三蔵がキスするって、思ったんだ?











書庫での事があった日から、俺は三蔵の顔が見られなくなった。
もう、三蔵の姿を遠くから見るだけで、心臓は飛び出しそうになるし、胸がぎゅってなる。

俺、ぜってー変だ。

三蔵と一緒に居たいのに、側に三蔵が来ると気持ちとは反対に逃げ出してしまう。
三蔵の視線を感じただけで、身体がまるで固まったみたいになって動けなくなる。

俺、ぜってー、ぜってー変だ。

三蔵のこと思うだけで何か涙は出てくるし、落ち着かない。
それなのに三蔵の側に居たい、顔が見たい。

俺、どうにかなりそうで…。




「…さんぞ……」

夜、三蔵が寝台で新聞を読んでた。
笙玄に訊いても何も教えてくれなかったから、三蔵に訊くことにした。
でも、三蔵の側に行くだけで、三蔵を呼ぶだけで身体が震えてどうしようもなかった。
それでも、今みたいなのヤダから、

「……さん…ぞ、あの…」
「何だ?」

俺が呼ぶのに三蔵は、新聞から顔を上げてくれた。
言いにくそうにしてる俺に、小さくため息を吐くと、新聞をたたんで、眼鏡を外した。
そして、三蔵の腕が届くぎりぎりの所に立つ俺に手を伸ばすと、俺の手にそっと触れた。
その途端、俺の身体に電気が走ったような気がした。
怯えたようになってる俺の身体をたぐり寄せるように、三蔵は引っ張った。
俺は目をそらしたまま、三蔵の前に立った。

「どうした?」

いつになく優しい声で三蔵が訊いてきた。
俺はどう言っていいのかわからなくて、唇を噛む。
と、三蔵の手が俺の噛みしめた唇に触れてきた。

「そんなに噛むと切れるぞ」

三蔵の手は俺の唇をなぞるように触れて、俺の首筋を辿ってゆく。
俺は、伏せていた瞳を上げて、三蔵の顔を恐る恐る見た。
そこにはあの不思議な紫色の瞳があった。

「…俺…変なんだ」
「何が?」
「さんぞ見ると、胸がぎゅってして…し、心臓がバクバクして…でも、側に居たくて…俺…お…俺…」

何か泣けてきた。

三蔵の俺の身体を辿る指や手がとても優しくて、俺の気持ちのもやもやしたものが消えてくみたいだった。

泣き出した俺を三蔵は緩く抱きしめて、口づけをくれた。
触れるだけの口づけ。

びっくりして三蔵の顔を見れば、見たこともない優しい紫に三蔵の瞳が染まってた。

「嫌か?」

三蔵が静かに訊いた。
俺は首を振ることしかできなくて、三蔵の首にすがりついていた。
そんな俺を三蔵も抱き返してくれて、俺は嬉しかった。

嬉しかったんだ。

「さんぞ、好き…大好き」

自然と口から零れ出てた。
俺のその言葉に三蔵がすごく満足そうに頷くのがわかった。
そして、首にすがりつく俺を離すと、三蔵はもう一度、口づけてきた。

優しい、とろけるような口づけ。

何度も何度も繰り返されるうち、俺は訳がわからなくなって…。











目が覚めたら、三蔵の腕の中だった。

身体がだるくて、まだ眠い。
腕の中から見上げる三蔵の寝顔は、とても綺麗で、そう思ったら、目が開いた。
長い睫毛の間から、綺麗な綺麗な俺の大好きな紫の宝石が現れた。
じっと見つめる俺に気が付いた三蔵は、俺を見下ろすと口づけを額にくれた。

「おはよ」

言えば、

「ああ」

返事を返してくれた。
嬉しくて笑うと、三蔵が耳元で言葉をくれた。

「うん、大好き」




それは俺の初めての気持ち

それは何よりも大切な気持ち




end

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