Trick or Treat

今年もまた、西の収穫祭の時期がきた。

今月になってから、悟空はそわそわと落ち着きがない。
寝所の居間には、ジャック・オ・ランタンという、カボチャを刳り抜いた提灯が歪な目と口を開けて転がっている。
これもハロウィンとかいう祭りの為なんだそうだ。
毎年、毎年、食べ物を粗末にしやがる。
終わったら笙玄が食材にするのだと言っていたことを思い出して、暫く続くであろうカボチャ責めの日々を思って俺はため息をついた。

ハロウィンは十月三十一日が祭りの本番だ。
その日に「お菓子をくれないと悪戯するぞ」と、ふざけたことを抜かして、家々を廻るらしい。
が、ココは桃源郷。
仏教徒の国だ。
ハロウィンの頃は農繁期で忙しいから巷では菓子屋が騒いでいる程度だが、俺の周りは騒がしくなる。
なんせバカ共がお祭り騒ぎをするからだ。

で、今年は何かあるな、と踏んでいる。
そう…悟空の落ち着きのなさが、俺の悪い予感を刺激するのだ。
一体何をやらかしてくれるのか。
考えるだけで、頭痛はするわ、胃が痛むわ、ろくなもんじゃねぇ。

俺は書類を片付けながら、背筋を走る悪寒に、ため息を吐いた。
と、寝所と執務室を繋ぐ扉が勢いよく開けられた。
同時に飛び込んでくる気配にまた、悪寒が走った。
そして、

「三蔵!」

呼ばれて振り返った俺は持っていた書類の束を取り落とした。
書類の束は机と言わず、床と言わず、辺り一面に散らばった。
机の上に落ちた何枚かが硯の上に落ち、たっぷりと墨を吸い込んでいく様を視界の端に俺は捉えていた。



野郎…書き直しじゃねえか…



そんなことを思っても、目の前でそれは嬉しそうにくるりと廻って見せる悟空の姿から、俺は視線を外すことが出来なかった。

「何、驚いてるのさ?変か…?」

よほど悟空を見つめる俺の顔が可笑しかったのだろう、悟空は笑顔を引っ込め、心配そうな顔付きで自分の身体を見下ろす。
そして、俺を伺うように見やった。

「なあ…なあってば、変?おかしい?」

散らばった書類を踏んで、机の上の書類に手を付いて、悟空は身を乗り出して訊いてくる。
が、俺はあまりの姿に何一つ言葉が浮かんでこない。

「なあ、三蔵…俺、仮装出来てない?上手くない?なあってば!」

ばんっと机を叩く。
その拍子に水入れが倒れ、書類の上に素敵な水溜まりが出来上がった。



ああ、この書類も書き直しじゃねぇか…



見たくない現実から意識が逸れるようなことへ心が思考を向ける。
けれど、悟空はそんな俺を放っておいてはくれなかった。

「三蔵ってば!」

もう一度、怒鳴って悟空はむうっとむくれた。
その姿に、俺は言い知れない脱力感と疲労を感じてため息を吐いた。

「な、なんだよ…?」

俺のため息にひくりと、悟空は怯えたような仕草を見せた。
その途端、俺の身体は無条件にハリセンを握り、力一杯サルの頭に振り下ろしていた。

「いってぇぇぇ──っ!!」

小気味の良い音と一緒に悟空の声が上がった。

「なにすんだよぉ!せっかく頑張って仮装したのに、ほどけちゃったじゃんかぁ!!」

がるると、俺に噛みつく勢いで怒鳴る悟空に、俺は頭を抱えたくなった。



それの一体どこが仮装なんだ?



そう問い詰めた所で、サル語しか返って来ないだろうことは分かっていたが、訊かずにはいられない己の性分が憎らしかった。

「……何が、仮装だ、と?その格好のどの辺が仮装なのか、説明してみろ」
「え?」
「悟空…」

俺の言葉に悟空は一瞬、きょとんと表情をなくし、すぐにそれは嬉しそうな満面の笑顔を向けてきた。

「うん!これな、八戒がくれた絵本に載っていた包帯男の仮装なんだ!」

誇らしげに、凄いだろうと顔に張りつかせて悟空は胸を張った。
その拍子に胸の包帯が緩んでずり下がる。

「……包帯、男だ…と?」

訊けば、

「うん!ほら、これ、こいつ!」

持ってきていたのであろう件の絵本を広げて悟空は曰く、「包帯男」なるモノを指差した。
それは……。

見れば、それはミイラ男と確か呼ばれるゾンビだ。
全身を薄汚れた包帯で包み、僅かに目と口の部分が見えている。

「なんでこいつ何だ…?」

訊きたくもないが、訊かないと気が済まない己の性分がまた、いらぬ問いを開かせる。

「だって、こいつって人間だろ?他はさ、みぃぃんな妖怪だからさ。妖怪の俺が妖怪に化けたって面白くないじゃん?それに、三蔵の格好も変だし、さ。だぁかぁら、こいつ!この包帯男にしたんだっ」

その答えに俺ははっきりと目眩を感じて、椅子に崩れるように座り、悟空の言う「包帯男」の仮装した姿を見上げた。
寝所の薬箱の中の包帯ありったけを自分で巻き付けたのだろうコトがよく分かる。
きっちり巻けば大した量もいらないだろうが、この不器用な悟空が巻いたが故に、包帯の端は肩口から垂れ下がってひらひらと揺れ、緩んだ包帯の隙間から素肌が見える。
腕も足も緩んでいたが、ずり下がらないだけマシだ。
が、どうみてもいつもの調子で動けば、遠からず悟空の足許に包帯の山が出来ること請け合いだった。

「さんぞ?包帯男はダメだったか?」

俺の様子に悟空は不思議そうに小首を傾げた。
その拍子にまた、胸の包帯がずれる。
だから、包帯男じゃねえんだよ。

「あのな…そいつは包帯男じゃあなくて、ミイラ男っていうれっきとしたゾンビなんだよ」
「へっ?!」
「そいつは妖怪なんだよ、アホウ」
「ええぇ───っ!」

素っ頓狂な声を上げて、悟空の顔は驚きに見開かれた。
そのマヌケ面に、俺は根こそぎ気力を奪われた気がする。
が、ここで怯んで、負けていては悟空が何をする気だったのかを知るチャンスを失う。

「……なぁんだ…妖怪だったのか…そっかぁ…」

口を尖らせて、ぶつぶつと呟いている悟空に、俺は何となく想像が付いてしまう自分に淋しさを覚えながら訊いた。

「で、その格好で何する気だったんだ?」

俺の問いにぱっと、顔を上げ、

「八戒んとこ行って、お菓子貰うつもりだったんだ」

と、想像通りの答えをくれた。
が、

「でも、もう行かない」

と、ふてくされた声が聞こえた。
思わず瞳を見開けば、

「妖怪が妖怪に化けても可笑しいし、つまんねえもん」

むうっと、むくれた表情になった。

「……そうか」

何と言って良いか分からずに、そう言えば、

「でも、三蔵がびっくりしてくれたからいいや」

今、むくれていた顔が嬉しそうにほころび、笑った。
その笑顔に吊られて思わず浮かびそうになった俺の笑いは、悲惨な机の状態を認めた途端、引っ込んだ。
そして、再び俺の手にハリセンは戻り、悟空の頭にそれは振り下ろされたのだった。




end

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