Trick or Treat |
今年もまた、西の収穫祭の時期がきた。 今月になってから、悟空はそわそわと落ち着きがない。 ハロウィンは十月三十一日が祭りの本番だ。 で、今年は何かあるな、と踏んでいる。 俺は書類を片付けながら、背筋を走る悪寒に、ため息を吐いた。 「三蔵!」 呼ばれて振り返った俺は持っていた書類の束を取り落とした。
「何、驚いてるのさ?変か…?」 よほど悟空を見つめる俺の顔が可笑しかったのだろう、悟空は笑顔を引っ込め、心配そうな顔付きで自分の身体を見下ろす。 「なあ…なあってば、変?おかしい?」 散らばった書類を踏んで、机の上の書類に手を付いて、悟空は身を乗り出して訊いてくる。 「なあ、三蔵…俺、仮装出来てない?上手くない?なあってば!」 ばんっと机を叩く。
「三蔵ってば!」 もう一度、怒鳴って悟空はむうっとむくれた。 「な、なんだよ…?」 俺のため息にひくりと、悟空は怯えたような仕草を見せた。 「いってぇぇぇ──っ!!」 小気味の良い音と一緒に悟空の声が上がった。 「なにすんだよぉ!せっかく頑張って仮装したのに、ほどけちゃったじゃんかぁ!!」 がるると、俺に噛みつく勢いで怒鳴る悟空に、俺は頭を抱えたくなった。
「……何が、仮装だ、と?その格好のどの辺が仮装なのか、説明してみろ」 俺の言葉に悟空は一瞬、きょとんと表情をなくし、すぐにそれは嬉しそうな満面の笑顔を向けてきた。 「うん!これな、八戒がくれた絵本に載っていた包帯男の仮装なんだ!」 誇らしげに、凄いだろうと顔に張りつかせて悟空は胸を張った。 「……包帯、男だ…と?」 訊けば、 「うん!ほら、これ、こいつ!」 持ってきていたのであろう件の絵本を広げて悟空は曰く、「包帯男」なるモノを指差した。 見れば、それはミイラ男と確か呼ばれるゾンビだ。 「なんでこいつ何だ…?」 訊きたくもないが、訊かないと気が済まない己の性分がまた、いらぬ問いを開かせる。 「だって、こいつって人間だろ?他はさ、みぃぃんな妖怪だからさ。妖怪の俺が妖怪に化けたって面白くないじゃん?それに、三蔵の格好も変だし、さ。だぁかぁら、こいつ!この包帯男にしたんだっ」 その答えに俺ははっきりと目眩を感じて、椅子に崩れるように座り、悟空の言う「包帯男」の仮装した姿を見上げた。 「さんぞ?包帯男はダメだったか?」 俺の様子に悟空は不思議そうに小首を傾げた。 「あのな…そいつは包帯男じゃあなくて、ミイラ男っていうれっきとしたゾンビなんだよ」 素っ頓狂な声を上げて、悟空の顔は驚きに見開かれた。 「……なぁんだ…妖怪だったのか…そっかぁ…」 口を尖らせて、ぶつぶつと呟いている悟空に、俺は何となく想像が付いてしまう自分に淋しさを覚えながら訊いた。 「で、その格好で何する気だったんだ?」 俺の問いにぱっと、顔を上げ、 「八戒んとこ行って、お菓子貰うつもりだったんだ」 と、想像通りの答えをくれた。 「でも、もう行かない」 と、ふてくされた声が聞こえた。 「妖怪が妖怪に化けても可笑しいし、つまんねえもん」 むうっと、むくれた表情になった。 「……そうか」 何と言って良いか分からずに、そう言えば、 「でも、三蔵がびっくりしてくれたからいいや」 今、むくれていた顔が嬉しそうにほころび、笑った。
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