花の蜜

「三蔵!」

けたたましい足音と上気した顔で悟空が執務室に飛び込んできた。
時刻は日の暮れの少し前。
一日遊び歩いて来たのだろう、そここに草屑や泥、小さな擦り傷が見える。
ばたばたと仕事をしている三蔵の正面、執務机に躯を乗り出すように飛びつくなり、

「なあ、三蔵知ってるか?」

そんなことを言ってきた。
振り上げたハリセンを落とし損ねた三蔵は、その勢いに乗せられる。

「何を…?」

思わず口を吐いて出た三蔵の言葉に、悟空はびっくりしたような表情で三蔵を見返し、

「ツツジの花って蜜が俺でも吸えるんだって」

そう言って、満面の笑顔を浮かべた。
そして、

「今日、ツツジの花たちが教えてくれたんだ。ちょっと可哀想だったけど、花だけを摘んで、がくの方を舐めたらさ、すっげえ甘かった。ほら、笙玄がくれる蜂蜜とは全然違う味なんだけど、甘いんだ」

そう一気に話すと、うっとりと瞳を眇める。
そのころころと変わる悟空の表情に三蔵は怒ることも忘れて魅入ってしまう。
と、何かを思い出したのか、思いついたのか、悟空は半ばあっけにとられたような表情の三蔵の顔を覗き込み、興味津々の顔付きで訊いてきた。

「なあ、三蔵はしたことある?」
「な、何を…だ?」

悟空の様子に何となく及び腰になった三蔵の答えに、

「花の蜜、吸ったことないのか?」

焦れたようにもう一度訊く悟空の剣幕に三蔵は思わず頷く。
その途端、

「じゃあ、今度一緒にしような。ツツジの花が咲いてる内に、必ずなやろうな、な、なっ!」

そう言って、悟空は三蔵の顔をまた、覗き込む。
その迫力と勢いに三蔵は無意識に頷いていた。




end

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