狭いながらも楽しい我が家






『実は悟空、貴方にお願いがあるんですが・・・』





笑顔が素敵な好青年。いつもいつもお世話になりっぱなしのこの青年の頼み事を、そうやすやすと無碍に断ることも出来ず。

悟空は一匹の猫を連れて、家へ向かう小道をトボトボと歩いていた。

『おい、辛気臭ぇ面してんじゃねぇよ』

その声は悟空よりも数段低い位置から聞こえてくる。
悟空はちらりとすぐ隣を歩く猫を見た。

「うっさいなー。道端で喋るなよ」
『お前以外に誰も言葉なんて通じねぇよ』
「それが問題なの!!」

猫と会話しているなんて、見られた瞬間どう思われるか・・・。
頭のおかしな人として、近所中で評判になりそうだ。

「とにかく急いで帰るぞ」

話はそれから、とばかりに悟空は走り出した。
ちゃんと猫がついて来ているか、時々振り返って確かめながら。
猫はやる気がなさそうに小走りで、それでもきちんと後について来ているようだった。
悟空は安心してペースを上げた。

お陰で、アパートへつく頃にはぜぇぜぇと荒い息をついていた。

『おい、さっさと鍵開けろ。こっちは疲れてんだ』

悟空は横目で猫を睨むと、

「云っとくけど、汚い部屋だかんな。文句云うなよ」
『たかだか、高校生のガキが住む部屋だろ。期待してねぇよ』

そう云うと空いた扉の隙間からするりと中へ身を滑り込ませた。

「ちぇー、猫の癖に」

ブツブツと文句を云いながら、悟空も中へ入り鍵を閉めた。

猫はというと、くるりと部屋中を見渡すと近くにあった座布団の端を銜えてずりずりと引っ張りながら、一番日当たりが良さそうな窓際へと移動する。
銜えていた座布団を適当に床へと置くと、ぼふんとその上に寝転んだ。

夕日に反射して金糸の毛並みがキラキラと輝いている。

こうしてみると、綺麗なんだけど。

黙って猫の一挙手一投足を見つめていた悟空はしみじみと思う。
確かに第一印象は悪くなかった。

八戒の家へ呼ばれてこの猫を見せられ、笑顔で『飼ってくれませんか?』と言われ。
口調は疑問系なのにほぼ決定だった。
珍しい金糸はさらさらでさわり心地もよく、瞳は深い紫色。
綺麗な猫だった。
そこまでなら、悟空もさして迷わず飼ったと思う。

八戒に『性格に少々難があるんですが・・・』と云われても、
性格くらいなら、まして猫だし・・・と思い、その綺麗な毛並みを撫ぜようと手を伸ばしたら。

『気安く触んじゃねぇよ』
の一言と共に、ぱしりとフサフサのしっぽで叩かれてしまった。

たっぷり10秒間は固まったと思う。

「三蔵、イキナリ叩いたから悟空が吃驚しちゃったじゃないですか」
『知るか』
「貴方の飼い主なんですからね、もっと仲良くしてください」
『勝手に決めてんじゃねぇよ』

人間と猫の会話が普通にされている・・・。
異次元空間にでも入り込んでしまったのだろうか・・・。
混乱しつつも、冷静になれと己に言い聞かせる。

「ちょ、ちょちょちょっと・・・」
「はい?」
『あ?』
「何・・・。何でこいつ喋ってんの?」
「あれ、悟空にも三蔵の言葉が分かるんですか?」

八戒も目を丸くして悟空を見つめた。

さらに数秒間、時は流れた。

「・・・エスパー猫・・・?化け猫・・・?」

ひとまず、落ち着こう、と出されたお茶を啜って口を開く。

『誰が化け猫だ。馬鹿ザル』

憮然と猫が髭をふるわせる。

「馬鹿ザルいうな!目つき悪い猫のくせに!!」
「まあまあ、落ち着いて悟空。エスパーは僕でも三蔵達でもないんですよ、・・・多分」
「じゃあ、何で・・・?」
「他の動物の言葉は分かりませんし、何故三蔵たちの言葉が通じるのか、僕にも良く分からないんですよ」

困ったように微笑んだ。

「本当はもう一匹、一緒に拾った猫がいるんですが、何処へ行ったのかまだ帰ってきてないんですよ。
そのコともひょっとしたら話せるかもしれませんね。今度紹介しますね。」



帰り間際、その猫とすれ違った。
猫は俺と三蔵を見ると、何か考え込むように瞳を細めたが、その後は普通に、

『うぃーす』

と会釈して去っていった。
瞳は燃えるように真っ赤だった。

日常と非日常は紙一重だと実感した。



ぼーと今日起こった出来事を反芻していると、段々これは夢じゃないかと思ってしまう。
八戒曰く、『前世の深い因縁じゃないですかねぇ』と云いながら、のほほんとお茶を啜っていたが。

『おい』

と偉そうに悟空を寝転んだまま呼ぶあの猫は、どう考えても夢には思えない。
夢でも幻でも現実でも、起こってしまったことはどうしようもない。
慣れとは恐ろしいもので、すでに悟空はこの現実に慣れつつあった。



「腹減ったな」
『あー』
「キャットフードなんてないからな」
『何があんだ?』
「・・・さんま」
『時期じゃねぇが、まあ良しとするか』
「口わりぃ、猫」

憎まれ口を叩きながら、悟空はこみ上げる笑いが留められなかった。
へへへ、と笑う悟空を猫が訝しげに見つめてくる。

高校へ上がる前の年、とうとう最後の肉親の婆ちゃんが倒れた。
それから、悟空はずっと一人暮らしだった。

自然と独り言は増えて、淋しいと感じる心も麻痺した。

だから久しぶりなのだ。こんな風に、呼べば答える人のある生活は。
嬉しかったのだ。単純に。
涙がでるほど。

ととと・・・と猫が寄ってくる。

『お前、何か悪いモンくったんじゃねぇ?』

そう云いながら、悟空の膝に乗り上げると、必死で零れる涙を舐めとる。

「くすぐってぇ」

ぎゅっと、柔らかく暖かい猫を抱きしめる。

「なぁ三蔵、美味いモン何もねぇけど、ずっと此処にいてくれな」
『・・・しょうがねぇな。お前一人にすると煩そうだからな。居てやるよ』



そして始まる、猫との同居生活。









<春 緋様 作>

春緋様のサイト「Owl Station」でキリ番3939を踏んだ折りに、書いて頂きました「カラフルデイズ」の猫三蔵と悟空の出会い編です。
この可愛い人語を話す?猫な三蔵と悟空のまか不思議なお話が凄く気に入りましてリクエストをさせて頂いたんですが、
その元になったお話まで頂いてしまいました。
猫のくせに俺様で、三蔵な猫三蔵。
そんな猫に戸惑いつつも心引かれる悟空とのちょっと奇妙で不思議なお話です。
人恋しい悟空の淋しさをちゃんと理解してる猫な三蔵が三蔵らしくていいんですよね。
真っ赤な毛並みの猫悟浄と金色の毛並みの猫三蔵。
こんな猫がいたら速攻、捕獲して話しません。
あ、でも人語は通じるのは八戒と悟空だけみたいで、残念です。
春緋様、素敵なお話をありがとうございました。
幸せです。

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