春の日 |
「なあ、誕生日って何?」
「何が?」 満たされた気分と春のぬくもりで半分眠っていた三蔵は、悟空の問いかけを聞き逃していた。 「だから、誕生日って何?」 オウム替えしに問いかければ、長椅子に足を投げ出して座る三蔵の膝の辺りに座り直した悟空が頷いた。 「うん、誕生日」 問い返せば、不思議そうに小首をかしげて、話し出した。 「えーとぉ…さっき、寺の小さい坊主達が、八日はお釈迦様って奴の誕生日だから嬉しいとか、なんとか言ってた。んで、お釈迦様ってのは、あの本堂に置いてあるおっきな奴のことだからわかったんだけど、誕生日ってわかんなかったからさ」 思い出し、思い出し話す悟空の幼い仕草を三蔵は、紫暗を細めて愛しそうに見つめていた。
悟空はぽかんと、瞬時に見惚れてしまう。
いつも不機嫌な顔か、無表情な三蔵が、今は無防備で険のない穏やかな顔を悟空に向けている。
「どうした?」 問えば、はっと我に返り、何でもないと益々顔を赤くして首を振る。
とことん疲れている証なのだろう。
確かに、今執り行われている春の祭礼の準備は一月以上前から始まり、準備の仕事が増えた分忙しさは半端でなくなり、三蔵は寝る時間のほとんど無い生活を強いられてきた。
まだ、感情が落ち着かないで、いつも不安定に揺れていることはわかっていたのに。 為に、この純粋な小猿を可愛がる側係の笙玄に悟空を泣かせた後、ねちねちと笑顔で説教されるとは思いもよらなかった。 悟空が笑っていれば、自分の気持ちもそれなりに安定する。
とりとめのない考えが朧になり、また沸いてきた眠気に微睡み始める。 「さんぞ?」 答えの返らない三蔵に訝しく思った悟空が、頬を染めたまま三蔵を見やれば、うつらうつらし始めた三蔵が居た。 「さんぞ…?」 乗り上げた膝から身を乗り出すように半ば眠っている三蔵の顔を覗き込めば、その気配を察してうっすらと紫暗が開いた。 「…んっ…ご…くう?」 小さく頷けば、三蔵の手が悟空の後ろ頭に掛かり、自分の胸元へ引き寄せた。 「へっ?!……って、さんぞ?」 驚いて声を上げれば、 「喧しい…」 ほとんど眠っている声で返される。
そう言えば、あの岩牢から出してもらった日も、こんな日だった。 あまり変わらない表情の下に溢れるほどの感情を押し殺し、気を張りつめて孤高に立つ人。 この世界のどんなものより、誰よりも大切な大切な人。 この人の側に居られるのなら、何もいらない。 それだけが、願い。 「…さんぞ、大好き」 呟きは三蔵の胸に消えて。
やがて、規則正しい寝息が二つ。
それは、金色の瞳の子供が、金色の少年に連れてこられて、丁度一年目の春。 その日は、子供がもう一度生まれた日。 永い暗闇から救い出された日。
生きていてくれてありがとう。 出逢った奇跡に感謝を─────
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