初 雪

寺院の庭の木々の葉が冷たくなった風に追い立てられるように枝から離れ、散ってゆく。
居間の窓に張りつくようにしてその様子を眺めている悟空の背中が、怯えて竦んでいるように見える。
時折、空を見上げては、ガラスに白い影が浮かぶ。
空を覆う重たい雲は、もうすぐ冬の花を散らそうとしているようだった。
ガラスに写る翳った顔に、三蔵は食卓で新聞を読む振りをしながら小さなため息を吐いた。

晩秋と言うにはいささか遅いこの時期、ようやくと冬の気配が感じられると思った矢先、急に冷え込んで、世界はあっという間に冬へと姿を変えた。
木々に残る秋の名残を追い払うように、毎日冷たい風が吹き、澄んで高かった蒼空は、重たい雲に覆われてしまった。
日の照る時間も僅かで、世界は重く閉ざされてゆくような錯覚を感じた。



何を急ぐ…?



大地は愛し子が雪を苦手に、怖がっていることを知っているのだろうか。
綺麗なものが好きな悟空が、雪を見るたびに昏い闇に囚われていくことを知っているのだろうか。
雪は確かに美しい。
あの世界を覆ってしまう白は、清らかで美しい。
けれど、悟空にとって雪は世界から離されるものにしか感じらないのだ。



お前達の愛し子は、お前を怖がってるのに…



三蔵は新聞を置くと、窓際に立つ悟空へ意識を戻した。
と、悟空が振り向いた。

「さんぞ…降ってきた……」

今にも泣きそうな顔で仄かな笑顔を浮かべる。
三蔵は頷いて、悟空の背後に立つと、片手で悟空の瞳を覆った。

「……さ、ん…ぞ?」

ひくりと、躯を震わせ、悟空は瞳を覆った三蔵の手を離そうとその手に触れた。
三蔵はその悟空の手ごと、空いた片方の腕で悟空を背後から抱きしめる。

「さ…んぞ…何……?」

突然の三蔵の行動に悟空が驚いて身じろぐ。
その身じろぎを押さえ込むように腕に力を入れ、三蔵は悟空に少し苛立った声音で告げた。

「我慢なんかするんじゃねぇ」

その言葉に悟空の動きは止まり、ひくっと、喉が鳴った。

「…………って…」
「悟空…」

三蔵は悟空の躯をひっくり返すと、深くその腕に抱き込んだ。
途端、くぐもった嗚咽が聞こえてきた。
その声に三蔵は、大きく息を吐き、宥めるように悟空の背中を何度も叩いたのだった。

窓の外では、今年初めての冬の花が舞っていた。




end

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