日だまりで少年が眠っていた。 柔らかな初夏の日差しが、地面に木の葉の影を落とす。
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日だまり |
各部屋がそれぞれ独立したコテージになった宿屋に昨夜、辿り着いた。 四人は疲れ切っていて、取りあえず二部屋を確保すると、気を失うようにして眠りについた。 朝、と言っても、もうほとんど昼と言ってもいい時間に泥のような眠りから目が覚めた。
最初に目が覚めたのは、八戒。
次に目覚めたのは、三蔵。
三番目は、悟浄。 「…んっ…」 気持ちよさそうに身体を伸ばす仕草がネコ科の動物にも似て、八戒は思わず口元をほころばす。 「おはようございます」 差し込む朝日に明るい紅を光らせて、悟浄は窓辺に立つ八戒に笑いかける。 「飲みます?」 マグカップを示せば、当然のように頷きが返って。 「今日も良い天気ですよ」 差し出すカップを受け取りながら、悟浄は窓の外を眺めた。
最後に起きたのは、悟空。 「…ん…さんぞ?」 幼い仕草で目を擦り、大切な太陽を一番に呼ぶ。 「起きたか」 まだ、眠たげな声で返事をしながら寝台から降り、三蔵の側へとてとてと裸足のまま歩く。 「…どうした?」 起き抜けに三蔵に抱きつくなど、寺院に居る時ですら滅多になかった。 抱きつく時は、夢見が悪かった時。 今回もそうなのだろうか。 答えを待っていると、何度か胸に顔をすりつけて、悟空は顔を上げた。 「…さんぞぉ、だーい好き…」 ほわんと幸せな笑顔を見せる。 「キスしてぇ」 と、なんのてらいもなく口にする。 「…バカ…猿…」 小さく呟いてその唇に口付けを落とす。 「…ん…ふぁ…ぅん」 漏れる吐息が甘く掠れ、抱える身体から力が抜ける。 「…さん…ぞ…う…」 三蔵は頷く悟空の艶やかに光る金眼に薄く笑うと、その華奢な白い首筋に顔を埋めた。
昼下がり、久しぶりにくつろぐ四人の姿が、そこここにあった。
三蔵は、コテージの庭先の日陰で煙草をくゆらせながら新聞を読んでいる。 八戒は、悟浄に手伝わせて、洗い上げた洗濯物を取り入れていた。 「あっ!」 風が、するりと八戒の手からタオルを取っていく。 「悟浄…」 飛んできたタオルに悟浄が手を伸ばす。
風に乗ったタオルは、ひらりひらりと空を舞い、サンザシの枝に引っかかった。 その木の根元には、遊び疲れた子供が眠っていた。 大地色の柔らかな髪と陽の下を好むくせにあまり日焼けしていない肌。 大地の愛し子。 風は、その眠りを妨げないように吹き渡る。 「……ぅん」 顔に落ちたタオルを払いのけようと、手が泳ぐ。 「な…に…?」 うまく取れずに、瞳が開いた。 「タオル…?」 掴んで身体を起こせば、八戒と悟浄が何か話ながら、洗濯物を取り入れている姿が見えた。
───ええ、好きですよ
声が、聞こえた。 優しい声。
洗濯して洗い立てのモノをいつも用意してくれた。
───悟空…
三蔵とは違う音で名前を呼ばれるのが好きだった。
───ダメですよ、三蔵様に叱られますよ
たまに怒られたけど、
「…どうしてるかな、笙玄…」 呟く声に、涙がにじんだ。 「元気だろうさ、きっと」 振り返れば、呆れた顔をした三蔵が立っていた。
晴れた日によく見かけた、悟空と笙玄の仲むつまじい姿。 支えになるのは、お互いしか居ない。
手紙が、十日ほど前に届けられた。
元気でいるだろうか。 二人の事を心配する内容がほとんどだった。 西への旅が無事に終わって長安に戻って来た時、一番に出迎える約束を違えることとなったことを許して欲しいと。 理由は・・・・・。
告げるのはもう少し先にと。 悟空は、旅の最初ははしゃいでいた。
「八戒と笙玄って似てる…」 立ち上がった。 「さんぞ?」 びっくりして見上げる悟空に三蔵は、口角を上げることで答えると、手を差し出した。 「泣くんじゃねえ」 耳元で言われた言葉に悟空は、瞳を見開く。 「泣いて…ない」 言い返せば、答えの変わりに悟空を抱く腕に力が込められた。 「…なら、いい」 もう一度力を込めた後、三蔵は悟空を離した。 「さんぞ…」 はんなりと笑う悟空の頭を軽く撫でると、ずっと悟空が握りしめているタオルを顎でしゃくった。 「八戒に持って行ってやれ」 三蔵に促されて八戒達の方へ歩き出した悟空が振り返れば、サンザシの木下で三蔵は煙草に火をつけていた。 ただ一つの太陽。 三蔵は知っていたのだ。 そう、約束。 それを楽しみに、いつもの自分に戻れる。 悟空は、掴んだタオルを振り回して、三蔵に手を振ると、八戒と悟浄の下へ走り出した。
日だまりのようなあの人にもう一度会うために。 願いはひとつ。
風に乗って願いは届く。
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