in the early morning

「晴れた!」

耳元で聞こえた大きな声に、三蔵は寝付いたばかりの眠りから引きずり出された。
何事と、開けることをしぶる瞼を無理矢理開ければ、凍てついた空気が頬を撫でた。

「さんぞ!晴れた!ほら、日が照ってる!」

窓を開け広げ、三蔵が起きた気配に悟空が満面の笑顔で振り返った。

「ほらっ!すっげぇ、綺麗に晴れてる!」

返事を返すこともなくぼうっとした顔で悟空を見返す三蔵に早く外を見ろと、悟空は外を指差し、三蔵の手を引っ張った。
ぐいぐいと引っ張る力と顔を撫でる冷気に三蔵はため息をひとつついて、悟空に引っ張られるようにして身体を起こした。
途端、朝の冷えて凍てた空気が三蔵の身体を包み込む。
吐き出した吐息が白い霧となって見えた。

「何なんだ…?朝っぱらから騒がしい…」

寝乱れた金糸を掻き上げ、悟空を見やれば、悟空はぽかんとした顔をして三蔵を見つめていた。

「…?!」

自分を見つめる悟空の様子に怪訝な顔をすれば、悟空ははっと、我に返るなり、顔を朱に染めた。

「サル?」

どうした?と、問いを含んで呼べば、

「あ…えっと…だ、だから、ほら…は、晴れた。な…き、気持ちいいし、す…すっげぇ、きれーな青、あ、青空に、お日様だって、あん…あ、んなに光って眩しい!」

慌てたように悟空はまくし立てると、三蔵に背を向けた。
悟空の様子がおかしいことに首を傾げながら、三蔵は開け放たれた窓に視線を向けた。

確かに、肌に触れる空気は凍てついて冷たいけれど、見える空は高く青く晴れ、久しぶりの陽差しがそここに残る雪を白く輝かせている。

「確かに、良く晴れたな…」

三蔵は悟空にそう告げて、脇机のタバコを手に取った。
三蔵のそんな様子を背中で感じながら、悟空は胸の動悸が早く治まれと、顔の熱く火照ったのも消えろと祈っていた。

だって、反則じゃないか。
三蔵はいつでもどんな姿でもキレイだって自覚はあるのだろうか。
本当にドキドキする。
明るい陽の光に輝く豪奢な金糸と陽差しに透ける紫暗の瞳は透明な紫水晶のようで。
金色の産毛が透ける肌は雪石膏のように白く、形の良い唇は薄く紅を掃いたように紅い。
髪を掻き上げた時に見える額の真紅のチャクラも額に嵌め込まれた紅玉に見える。

寝起きで眉間に皺のない緩んだ無防備で、少し疲れた気怠げな表情が、夜着の乱れた襟元から見える鎖骨の陰影が、白い肌が、悟空の気持ちを泡立たせる色香を見せるからいらぬ熱まで思い出してしまう。

男の人なのに。

そんな姿に目のやり場に困るなんて三蔵はきっと、思ってもみないのだ。

三蔵は自分の容姿に無頓着で、自分に向けられる様々な思惑の混じった視線も気にしない人だから当然と言えば当然なのだけれど、もうちょっと自覚を持ってくれても減らないと思う。
そうすれば、こんな不意打ちのキレイな姿にドキドキしなくていいのに、いらぬ熱まで思い出さなくていいのにと、八つ当たりのような気持ちを抱いて、悟空は頬の熱を冷ますように開け放った窓から身を乗り出した。

悟空がそんなことを思ってあたふたしているとも知らず三蔵は、気持ちよく晴れたと三蔵を起こしておいて妙な態度を見せる悟空を何やっているのかと、呆れながら見ていた。
その極めつけが窓から身を乗り出してこの寒さと冷たさの中、風に当たろうとしている姿だ。
いったい何を考えているのやら理解に苦しむのだけれど。

寝付いたばかりの眠りから叩き起こされ、寝起きのぼやけた視界に映ったのは、朝日に輝く眩しいほどの笑顔。
全く昏さを感じさせない笑顔に、ひっそりと安堵のため息をこぼしたのは内緒だ。
なぜなら、二、三日前から降ったり止んだりしていた雪に一喜一憂し、重く垂れ込めた空のような昏い顔をしていた。
それが雲が晴れ、青空が見えた今朝、いつもの輝くような笑顔が戻っていた。
本当に現金なモノだと思うが、悟空の昏さが晴れることは嬉しいことだ。
だが、起き抜けの人の顔を呆けたように見つめていたかと思うと、急に慌てた様子を見せ、いきなり半分以上も身体を窓から乗り出した姿にバランスを崩して落ちる気がして、

「おい、そんなに身を乗り出したら落ちるぞ」

声をかけたら、声をかけた三蔵の方が驚くほど、悟空は文字通り飛び上がって驚いた。
その途端、バランスが崩れ、悟空の身体が窓の外に傾いだ。

「えっ…?!―――うわっ!」

反射的に伸ばされた悟空の手を掴んだ三蔵は、力一杯悟空の身体を自分の方へ引き寄せた。

「このアホウ!」

転がり込んできた悟空の華奢な身体を受け止めて悪態を吐けば、悟空は一瞬身体を怯えたように竦ませたかと思うまもなく、そのまま三蔵にしがみつくように抱きついてきた。

「おい」

引きはがそうと悟空の身体に手をかけた三蔵の視界に、真っ赤に染まった悟空の耳が見えた。
そのまま視線を下ろせば、長い後ろ髪の隙間から見える細い項も赤く染まっている。
その様子に三蔵はそっと吐息をついて、悟空の大地色の頭を軽く叩いた。
そして、

「何バカやってんだ?」

問えば、くぐもった唸り声と一緒にしがみつく力が強くなって返ってきた。
その力の強さと次第に夜着に染みてくる仄かな濡れたような温かさに、三蔵はふわりと悟空の身体を抱きしめるように腕を回し、寝台に寝転んだ。
その一瞬、悟空の力が緩んだ隙に、自分の身体の上に安定するように悟空の身体を引き上げ、上掛けを纏った。
そうして、悟空の身体を力を入れて抱きしめ、赤く染まった耳元に、

「……ちゃんと言え、バカ猿」

と、告げれば、胸を通して小さな頷きが聞こえた。




end

close