ひと夜
小さな命が消えた。
それは、自分の力が及ばなかった結果だった。
守りたいとか、守らなければならないとか、そんなことは関係なかった。
だから・・・・・。
相手は多かった。
小さな命を抱えて戦うその方法が、違っていたのだろうか。
分かるわけない。
三蔵や悟浄、八戒を、助けを待っている自分も許せなかった。
・・・・・なのに。
動かない骸を抱きしめ、悟空は声もなく泣いた。 夕日が山の端に掛かる頃、ようやく悟空は小さな骸を大地の腕に委ねた。 「…ごめん…な」 繋いだ手を離してしまったそのことを思うと、悟空は謝ることしかできなかった。
ぺたんと座り込んで無心に祈る悟空の回りに、動物達が寄り集まってきた。 花が開く。 声もなく、悟空は涙を流し、天は傍に月を呼んだ。
夜の帳が空を包む頃、悟空は袖口で涙を拭い、立ち上がった。 「…ありがと」 そう言って悟空は何とか笑顔を浮かべると、三蔵達が待つであろう場所へ向かって走り出した。
林の向こうから、月明かりに照らされた小さな影が走ってくる。 戦いの途中で四人バラバラになり、三蔵達は無事合流を果たしたが、悟空だけ丸一日、戻って来なかった。 近づいて来た姿は、どこにもケガを負っている様子もなく、駆け寄る八戒と悟浄に明るいいつもの笑顔を向けていた。
聴こえる声は、泣いているのに。
野営は小川と言うにはいささか問題があるが、川と言うにはおこがましいせせらぎの側に張った。
月が中天を過ぎる頃、悟空は寝床を抜け出した。 「大丈夫…だから……」 大地の心配を気遣うように悟空は、はんなりとした笑顔を浮かべた。 膝を抱えた上に顎を乗せて、身体を丸くする。
いつもいつも三蔵に頼ってばかりだと思う。 さっきだって、三蔵の姿が見えた途端、すがりついて泣きそうになった。 一体、自分は強くなったのか、弱くなったのか。 強くなる。 三蔵が、八戒が、悟浄が傍にいてくれることが心地良い。
知らない間に弱くなっている心に、自分で気が付くためのものだったのだろうか。 「俺って…やっぱり、バカ…かな…?」 ぽつりと呟く。 「バカだな。その上、サルだ」 その声に振り返れば、静かな瞳の三蔵が、煙草をくゆらせながら立っていた。 「……かも…」 と、小さく笑うと、また顔を膝に埋めて丸まった。 三蔵は何も言わず、夜風に吹かれながら煙草を吸っていた。
何があったのか、言おうとしない。
何か悔しいかも知れない。 三蔵の気配を背中に感じる。
小さな命が消えたことを三蔵は知らない。 言えない。 それは甘えになるから。 それでも、三蔵は小さな悟空の変化を見逃さない。 それが三蔵。 悟空がこの世界で側に居たいと思う唯一の人間。
膝に埋めた顔を上げて空を見れば、東の空に明けの明星が小さく輝くのが見えた。 「…さんぞ」 じゃりっと煙草を踏み消す音がしたかと思うと、踵を返し、歩き出した気配がした。 ゆっくりと振り返れば、暁光が射す。 手にした命は消えたけれど、そこに在った思いはここに、悟空の心に残る。 三蔵に誇れる強さで。
悟空は岩から降りると、八戒達のところに戻って行く三蔵の後を追った。
end |
リクエスト:何かに心を痛めた悟空が一人で立ち直ろうとするが、三蔵の無言の行為に自然に落ち着いていく自分に「悔しい」と思うお話。 |
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ありがとうございました。 謹んで、翠條 さまに捧げます。 |
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