幾 望−きぼう− |
ほとほとと、足音が夜闇に響く。 回廊に灯された灯りが、微かな風にちろりと、揺れる。 燈籠が照らす影は長く伸びて、夜の影に取り込まれる。 ほとほとと、足音は止まることなく夜闇に響く。 ほとほとと、夜闇に響く足音が不意に、止まった。 目の前に広がる光景に声もなく、子供は見惚れた。 人以外のものが息づく世界。 「………呼んだ…?」 夜着の裾を撫でる風に問えば、ざわりと空気が動いた。 呼ばれた。 「………えっと……」 困ったように小首を傾げて、子供は目の前に広がる美しい光景にもう一度視線を向けた。 「……還らないって……言った、よ…?」 聞く耳を持たない相手の様子を窺うように紡がれた言葉に、また、ざわりと、空気が動いた。 「…な…で……わかって…くれ、な…いの?」 子供の耳に聴こえる聲は、子供を責める。 「俺が…いたいんだから…俺の、意志なんだから…あの人は関係ない」 関係ない。 その手を掴んだのは自分。 だから─── 悲しいことを言わないで欲しい。 「……関係ないんだから…俺の…──っ!?」 懇願は響き渡った銃声に呑み込まれた。 長く、鋭く、夜闇を引き裂く。 「──悟空」 その響きを縫って届くのは、子供の名前。 そこに立つのは月の化身。 「…来い、悟空」 差し出された手と子供の名前。 「来い、悟空!」 真っ直ぐな言葉に弾かれるように子供がその腕の中に飛び込む。 怒りに染まる気配に、子供を腕に抱いた養い親は告げた。 「大人しくしていやがれ」 怒りの気配が膨れ上がった途端、また、銃声が夜闇を引き裂いた。 「…………さんぞ…?!」 腕の中の子供が問えば、 「これで、ちったぁ大人しくなるだろうさ」 銃を下ろし、腕の中の子供を見下ろして、養い親がため息を落とした。 「……ゴメン…」 謝れば、 「てめぇも大人しくしていやがれ」 そう言って、養い親は困ったような、呆れたように子供を見下ろした。
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