柔らかな陽射しの差し込む暖かな日。

窓辺に二つの美しい金色の宝石。

穏やかに重なる太陽の光に、頬を染める花一輪。

揺れる風に、穏やかな時は流れる。




綺麗な花




「なあ、今日は本当に一緒に居てくれる?」

膝の上に座る悟空が、三蔵のシャツを掴んで小首を傾げる。

「約束だからな、しかたねぇ」

悟空の額に、柔らかな口付けが落とされる。

「んっ…」

くすぐったそうに首を竦める。

その様子に口元を僅かに綻ばせながら、三蔵が囁く。

「お前も傍に居るんだろ?」
「居る、よ」

ふわりと頬を桜色に染めて笑う瞼に、口付けが降る。

「ねえ…」
「ああ…?」

悟空は三蔵の首に緩やかに腕を廻して、三蔵の紫暗を覗き込んだ。

「ホントに仕事、ないよね」
「ねぇって、何度言えばわかる?」
「だって……んっ」

少し乱暴な口付けが、悟空の唇を塞いだ。

「…ぅん……っふぁ」

怒ったような、機嫌を取るような口付けに、悟空の三蔵を見返す瞳が艶を含んでくる。

「…さんぞ…」
「休みだよ、ちったぁ信じろ。バーカ」

また、今度は深く、熱を呼び覚ますように。

「…っやぁ…ん……」

悟空の唇から甘い吐息が零れ始めた。

「そ、んな…したら…さん、ぞと…遊べな……いっんっ…」

もっと深く三蔵は唇を合わせたその時、バサバサと書類の落ちる音が聞こえた。
振り返れば、すぐ傍で笙玄が固まっていた。
その瞳から悟空を隠すように腕に抱き込んで三蔵が声をかけた途端、顔を真っ赤に染めて何も言わずに飛び出して行った。
扉の閉まる音に悟空が、とろんとした顔で三蔵を見上げた。

「なあに…?」
「何でもねぇ」
「ぅん……」

柔らかな紫暗の宝石が、黄金の円らに舞い降りた。





















「笙玄!」

ぱふっと、悟空が笙玄の腰に飛びついた。

「は、はい!」

飛び上がって答える笙玄に、悟空もびっくりする。

「どうしたの?」

見上げれば、真っ赤な顔をした笙玄がそこにいた。

「な、何でもないんですよ。ちょ、っとびっくりしただけですよ」

そう言って笑う笙玄の顔は、引きつっていた。

「そう…?」

納得いかないという顔をする悟空に笙玄は、

「何かご用ですか?」

と、訊ねた。
その言葉に、悟空は三蔵からの伝言を伝えた。

「三蔵が、昼から三仏神のとこに行くから、面会の予定のちょーせいを頼むって」
「わかりました、とお伝え下さい」
「うん!」

悟空は頷くと、物干場から駆け下りて行った。
その姿を見送り、笙玄はため息を吐きながら何かを振り払うように緩く首を振った。






あの日からまともに三蔵と悟空の顔が見られない。
間近に見てしまった二人の行為が忘れられない。
窓辺の長椅子で、口付けを交わす二人の姿は美しく、神々しささえ感じた。

二人がそう言う関係であることは、知っていた。
けれど、知っているのと、事実を見せられるのとは雲泥の差があった。
悟空の首筋に見える赤い花や艶やかな花は、二人の関係を如実に表していたが、実際に見聞きしたわけではなかったので、笙玄も納得しているようで納得していなかった自分に驚いていた。
親子で、兄弟で、友達で、恋人で、傍らでいつも見ている二人の関係は一言では言い表せない程の不思議な関係だ。
こんな敵意や悪意ばかりの中で、お互いしか支える者がなくてそう言う関係に落ちたとしても、誰も咎めることはことはできないだろう。
だが、三蔵と悟空の関係はそんな下卑た言葉ではくくれない程、それこそ冒涜だと感じてしまう程に神聖なもののような気がする。
以前、初めて白く幼い肌に紅い花を咲かせている姿の悟空を見て、酷く狼狽えた時もあったが、そういう姿に慣れてきていた矢先だっただけに、笙玄はどうしていいか分からなかった。

また、寺院にいる限り稚児の存在に目を瞑る訳にはいかない。
実際、この長安一の寺院ですらそう言う役割を担う小坊主や少年が居る。
だが、悟空はそんな存在では決してない。
まして、三蔵も違う。
お互いがお互いを欲し、お互いがその魂の一部であるかのような二人の関係なのだ。
だから、たぶん肉体関係は、そんな関係の付随的なものに過ぎない。
過ぎないはずだが、それが三蔵と悟空の間に存在することをはっきり認めてしまうことに、笙玄は抵抗を感じているのかも知れなかった。





















「おい!」

三蔵は仕事の説明をしていた言葉を途中で切った。
笙玄が上の空だと、気付いたからだ。

「おい、笙玄!」
「は、はい!」

突然の三蔵の低い声に、笙玄は我に返った。
慌てて三蔵の顔を見やれば、眉間の皺が一割り増しな三蔵の表情と雰囲気に、自分が失態を冒したことに気が付いた。

「さ、三蔵様…」
「やる気がねえなら、下がれ」
「そ、そんなことは…」
「だったら、手間を増やすな」
「申し訳ありません」

謝る笙玄に三蔵は舌打ちすると、もう一度仕事の説明をする。
そして、執務室を出て行く笙玄の後ろ姿を苦虫を噛みつぶした顔で見送ると、頭を抱えるのだった。

「…っつたく…」






あの日から笙玄の様子がおかしいのは、気が付いていた。

あれは、偶然。

休みで笙玄が姿を見せないと、気を許していた自分の失態。
失態だが、笙玄が自分達の関係に気が付いていたこともわかっていたので、何を今更という気もする。
しかし、根が真面目な笙玄のこと、自分の中で折り合いを付けるのに時間が掛かっているのかも知れない。
だからといって、仕事に支障が出ては困るのだ。
ただでさえ、よそ見をするとすぐ溜まる仕事の管理を任せているのだ。
やっと、鬱陶しいだけの仕事がやりやすくなったというのに、また、以前の状態に戻るのだけはゴメン被りたかった。
それに、これからしばらく寺院の外せない行事が続くことで、忙しくなる。
今の内にすませておける仕事は片付けておきたいのに、それが、ここしばらくの笙玄の手配ミスで、くだらない仕事が増えた上に、溜まる一方なのだ。
だからよけいに腹が立つやら、後悔するやらで、三蔵の気分も滅入ってしまうのだった。



いい加減、しゃんとしやがれ…



決済印を叩き付けるように押しながら、目の前に積まれた書類の山に、うんざりする三蔵だった。




















その日、お茶を入れるために湧かした熱湯をやかんからポットへ移す様子を、悟空はすぐ傍で見ていた。
だが、気持ちの整理の一向に付かない笙玄は、ポットから湯が溢れた事に気が付かなかった。
溢れた湯は、傍で見ていた悟空を濡らした。

「あつっ!」

悟空の思わず上げた声で、笙玄は自分のしたことに気が付いた。

「ご、悟空!」

半ズボンから覗いた白い足が、熱湯に触れて真っ赤になっていた。

「ああ、悟空!ごめんなさい、ごめんなさい!」

慌てた笙玄は、持っていたやかんを取り落として、更に悟空に熱湯をかけてしまう。

「!!」

あまりなことにパニックに陥ってしまった笙玄をそのままに、傍で一部始終を見ていた三蔵は悟空を抱え上げると、風呂場へ走った。




「冷たい!」
「喧しい!そのまま水に当たってろ。動くんじゃねえぞ」
「う、うん…」

冷たいシャワーを赤くなった足に盛大に当てながら、悟空は三蔵の剣幕に頷いた。
が、風呂場を出て行こうとする三蔵に、

「笙玄のこと、怒んないでよね」

と、叫んだが、三蔵の返事はなかった。




居間に戻った三蔵は、がたがたと震えてパニックに陥ったまま立ちすくむ笙玄の前に立つと、その頬を力一杯張り飛ばした。

「…あ」

思わず殴られた頬を押さえてよろめく笙玄に、三蔵は怒鳴った。

「いい加減にしやがれ!」
「さ、三蔵様……」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いやがれ!」
「わ、私は…言いたいことなど、何も…」
「俺と悟空の関係がてめえにとって納得出来ないのなら、そう言いやがれ。うだうだ考えていて何がわかる」

三蔵の言葉に、笙玄の顔色が変わった。

知られていた。

三蔵と悟空の関係に、納得できない自分の心の狭さを知られていた。
それが、頬の痛みと共に笙玄の心を貫いた。
怯えた眼差しで三蔵を見返せば、厳しい光を宿した紫暗がそこにあった。

「…わ、たしは…」
「ああ、てめえが思っている通りの関係だ。だが、それがどうした?何かてめえとの関係が、変わったか?変わらねえだろうが」
「……!」
「俺たちは俺たちだ。誰に恥じることもねえ。それが嫌なら他の奴と代われ。それでも俺たちの側に居たいのなら、しゃんとしやがれ!」
「…三蔵…様…」
「どうなんだ?代わるのか、側に居るのか?」

笙玄は声を荒げて話す三蔵から目が離せなかった。
僅かに頬を紅潮させ、怒りの色に紫暗を染めている三蔵の姿に。

たかが、側係の自分に対して、不甲斐ない自分に対して三蔵は本気で怒っている。
何事にも執着を見せない、どこか突き放したところのある三蔵が、である。
こんな時にとは思うが、笙玄は嬉しかった。

自惚れではなく、三蔵の気持ちがわかる。
やっと、わかった。
そして、

「どうなんだ?」

笙玄に決断を迫る三蔵の紫暗に、怒りだけではない何かを見つけた笙玄の気持ちは決まっていた。
いや、最初から揺るぎなく、そこに在ったのだ。

何のために自分は、三蔵と悟空の傍に居るのか。
それは、二人の傍で、少しでもこの美しい魂を守りたいから。
悪意ばかりに曝されるこの綺麗な花を守りたいから。

三蔵と悟空の関係がどうであろうと関係ないではないか。
二人がお互いを魂の底から必要として、離れられないと知っていたではないか。
なのに、今更何を狼狽える。
何に戸惑う。
そんな必要はない。
最初から無いのだ。




だから─────




「私は…」

答えようとした時、悟空が泣きそうな顔をして風呂場から戻ってきた。

「笙玄、どっか行っちゃうの?」

そう言って、三蔵の僧衣を握りしめた。
冷たい水に曝されていた足は、赤く、火傷の赤味と混じって痛々しい姿を見せている。

「おい、俺が良いというまで、水に…」
「だって、三蔵が笙玄追い出すって言うから…だから…」

そう言って、三蔵にすがる悟空の瞳は、涙で滲んでいる。
三蔵はそんな悟空に、潤んだ黄金の瞳に負けて、顔を背けてしまう。

「…言って、ねぇ」

小さく返された声に、悟空が食い下がる。

「ウソ!今、言ったじゃんか!」
「言ってねえって、言ってるだろうが!」

元来、気の短い三蔵が幾ら悟空の泣き顔に弱いとはいえ、そうそう下出に出ているわけもなく、いつもの言い争いになっていく。

「言ったもん!笙玄、どっかにやるって」
「言わねえ!」
「言ったもん!」

事の発端が何処かへ行ってしまいそうな言い争いに、笙玄は思わず割って入っていた。
そう、このままでは自分の決心が三蔵と悟空に伝わらないと、思ったのが本音だったが、二人の口論はそこで止まった。

「三蔵様は、そんなこと一言も仰っていらっしゃいません。それに私は何処にも行きません。三蔵様と悟空のお側にずっとおります。どんなことがあっても」

はっきり、きっぱりそう告げる笙玄に、もう迷いはなかった。

「ホントに?」
「はい、悟空」

頷く笙玄から、目の前の三蔵に視線を移してまた確認する。

「ホント?」
「本当だ」

ぽんと、悟空の頭に手を載せて、軽く掻き混ぜ、頷く。

「そっか…よかったぁ」

ほっと、息を吐いて悟空はようやく笑顔を見せた。
その笑顔に笙玄の顔もほころぶのだった。






人心地ついて、笙玄は悟空の火傷を思い出した。

「足は、大丈夫ですか?」

と、問えば、

「うん、もう痛くないし、大丈夫」

と、笑う。

「よかった」

と、笙玄が安堵の吐息を吐く。

「足を拭け」

と、三蔵がわざわざタオルを取ってきて、悟空の足を拭いてやる。

「さんぞ、やっさしぃ」

悟空がほんのり頬を染めて。

「うるせぇ…」

三蔵の頬も仄かに染まる。

「く、薬を取って参ります」

何となく恥ずかしくなった笙玄が、薬を取りに行こうとするその襟首を三蔵が掴んだ。

「さ、三蔵様?」

驚く笙玄を自分の方に向かせると、空いた手で悟空を抱き寄せ、口付けた。

「さ、さ、さんぞ!」
「!!」

目の当たりに見て真っ赤になった笙玄と、人前で不意にされた口付けに真っ赤になった悟空に、三蔵は意地悪く笑うと、

「慣れるんだろ?」

そう言って、また、悟空に口付けた。






目の前に咲く綺麗な黄金の花。

何よりも透明で、輝いて。

惹きつけて離さない、永遠の宝石。




end




リクエスト:非常に穏やかな雰囲気で口付けをかわす三蔵と悟空の姿を間が悪く、間近で目撃してしまい、狼狽する笙玄の日々。
2000Hit ありがとうございました。
謹んで、神已 様に捧げます。
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