柔らかな陽射しの差し込む暖かな日。 窓辺に二つの美しい金色の宝石。 穏やかに重なる太陽の光に、頬を染める花一輪。 揺れる風に、穏やかな時は流れる。
綺麗な花
「なあ、今日は本当に一緒に居てくれる?」 膝の上に座る悟空が、三蔵のシャツを掴んで小首を傾げる。 「約束だからな、しかたねぇ」 悟空の額に、柔らかな口付けが落とされる。 「んっ…」 くすぐったそうに首を竦める。 その様子に口元を僅かに綻ばせながら、三蔵が囁く。 「お前も傍に居るんだろ?」 ふわりと頬を桜色に染めて笑う瞼に、口付けが降る。 「ねえ…」 悟空は三蔵の首に緩やかに腕を廻して、三蔵の紫暗を覗き込んだ。 「ホントに仕事、ないよね」 少し乱暴な口付けが、悟空の唇を塞いだ。 「…ぅん……っふぁ」 怒ったような、機嫌を取るような口付けに、悟空の三蔵を見返す瞳が艶を含んでくる。 「…さんぞ…」 また、今度は深く、熱を呼び覚ますように。 「…っやぁ…ん……」 悟空の唇から甘い吐息が零れ始めた。 「そ、んな…したら…さん、ぞと…遊べな……いっんっ…」 もっと深く三蔵は唇を合わせたその時、バサバサと書類の落ちる音が聞こえた。 「なあに…?」 柔らかな紫暗の宝石が、黄金の円らに舞い降りた。
「笙玄!」 ぱふっと、悟空が笙玄の腰に飛びついた。 「は、はい!」 飛び上がって答える笙玄に、悟空もびっくりする。 「どうしたの?」 見上げれば、真っ赤な顔をした笙玄がそこにいた。 「な、何でもないんですよ。ちょ、っとびっくりしただけですよ」 そう言って笑う笙玄の顔は、引きつっていた。 「そう…?」 納得いかないという顔をする悟空に笙玄は、 「何かご用ですか?」 と、訊ねた。 「三蔵が、昼から三仏神のとこに行くから、面会の予定のちょーせいを頼むって」 悟空は頷くと、物干場から駆け下りて行った。
あの日からまともに三蔵と悟空の顔が見られない。 二人がそう言う関係であることは、知っていた。 また、寺院にいる限り稚児の存在に目を瞑る訳にはいかない。
「おい!」 三蔵は仕事の説明をしていた言葉を途中で切った。 「おい、笙玄!」 突然の三蔵の低い声に、笙玄は我に返った。 「さ、三蔵様…」 謝る笙玄に三蔵は舌打ちすると、もう一度仕事の説明をする。 「…っつたく…」
あの日から笙玄の様子がおかしいのは、気が付いていた。 あれは、偶然。 休みで笙玄が姿を見せないと、気を許していた自分の失態。
その日、お茶を入れるために湧かした熱湯をやかんからポットへ移す様子を、悟空はすぐ傍で見ていた。 「あつっ!」 悟空の思わず上げた声で、笙玄は自分のしたことに気が付いた。 「ご、悟空!」 半ズボンから覗いた白い足が、熱湯に触れて真っ赤になっていた。 「ああ、悟空!ごめんなさい、ごめんなさい!」 慌てた笙玄は、持っていたやかんを取り落として、更に悟空に熱湯をかけてしまう。 「!!」 あまりなことにパニックに陥ってしまった笙玄をそのままに、傍で一部始終を見ていた三蔵は悟空を抱え上げると、風呂場へ走った。
「冷たい!」 冷たいシャワーを赤くなった足に盛大に当てながら、悟空は三蔵の剣幕に頷いた。 「笙玄のこと、怒んないでよね」 と、叫んだが、三蔵の返事はなかった。
居間に戻った三蔵は、がたがたと震えてパニックに陥ったまま立ちすくむ笙玄の前に立つと、その頬を力一杯張り飛ばした。 「…あ」 思わず殴られた頬を押さえてよろめく笙玄に、三蔵は怒鳴った。 「いい加減にしやがれ!」 三蔵の言葉に、笙玄の顔色が変わった。 知られていた。 三蔵と悟空の関係に、納得できない自分の心の狭さを知られていた。 「…わ、たしは…」 笙玄は声を荒げて話す三蔵から目が離せなかった。 たかが、側係の自分に対して、不甲斐ない自分に対して三蔵は本気で怒っている。 自惚れではなく、三蔵の気持ちがわかる。 「どうなんだ?」 笙玄に決断を迫る三蔵の紫暗に、怒りだけではない何かを見つけた笙玄の気持ちは決まっていた。 何のために自分は、三蔵と悟空の傍に居るのか。 三蔵と悟空の関係がどうであろうと関係ないではないか。
だから─────
「私は…」 答えようとした時、悟空が泣きそうな顔をして風呂場から戻ってきた。 「笙玄、どっか行っちゃうの?」 そう言って、三蔵の僧衣を握りしめた。 「おい、俺が良いというまで、水に…」 そう言って、三蔵にすがる悟空の瞳は、涙で滲んでいる。 「…言って、ねぇ」 小さく返された声に、悟空が食い下がる。 「ウソ!今、言ったじゃんか!」 元来、気の短い三蔵が幾ら悟空の泣き顔に弱いとはいえ、そうそう下出に出ているわけもなく、いつもの言い争いになっていく。 「言ったもん!笙玄、どっかにやるって」 事の発端が何処かへ行ってしまいそうな言い争いに、笙玄は思わず割って入っていた。 「三蔵様は、そんなこと一言も仰っていらっしゃいません。それに私は何処にも行きません。三蔵様と悟空のお側にずっとおります。どんなことがあっても」 はっきり、きっぱりそう告げる笙玄に、もう迷いはなかった。 「ホントに?」 頷く笙玄から、目の前の三蔵に視線を移してまた確認する。 「ホント?」 ぽんと、悟空の頭に手を載せて、軽く掻き混ぜ、頷く。 「そっか…よかったぁ」 ほっと、息を吐いて悟空はようやく笑顔を見せた。
人心地ついて、笙玄は悟空の火傷を思い出した。 「足は、大丈夫ですか?」 と、問えば、 「うん、もう痛くないし、大丈夫」 と、笑う。 「よかった」 と、笙玄が安堵の吐息を吐く。 「足を拭け」 と、三蔵がわざわざタオルを取ってきて、悟空の足を拭いてやる。 「さんぞ、やっさしぃ」 悟空がほんのり頬を染めて。 「うるせぇ…」 三蔵の頬も仄かに染まる。 「く、薬を取って参ります」 何となく恥ずかしくなった笙玄が、薬を取りに行こうとするその襟首を三蔵が掴んだ。 「さ、三蔵様?」 驚く笙玄を自分の方に向かせると、空いた手で悟空を抱き寄せ、口付けた。 「さ、さ、さんぞ!」 目の当たりに見て真っ赤になった笙玄と、人前で不意にされた口付けに真っ赤になった悟空に、三蔵は意地悪く笑うと、 「慣れるんだろ?」 そう言って、また、悟空に口付けた。
目の前に咲く綺麗な黄金の花。 何よりも透明で、輝いて。 惹きつけて離さない、永遠の宝石。
end |
リクエスト:非常に穏やかな雰囲気で口付けをかわす三蔵と悟空の姿を間が悪く、間近で目撃してしまい、狼狽する笙玄の日々。 |
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ありがとうございました。 謹んで、神已 様に捧げます。 |
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