花明かりの下で




「桜も見頃ですし、みんなでお花見なんて如何です?」

もうお弁当も用意してきたんですよと、楽しげに三蔵達の居間へとやって来た八戒の手には、大きな風呂敷包みがしっかり握られていた。
後からはガチャガチャと酒瓶の音をさせながら、よお!と悟浄も顔を見せる。

「やったーー!三蔵、行こうよv」

悟空の嬉しそうな顔を見せられては、三蔵に否やは無いのだが素直に頷けないのが性分で。

「俺は忙しい。お前らで行って来い」

新聞からは視線を外さずに次の煙草へと手を伸ばそうとした。
が、その煙草をひょいと取り上げたのが三蔵の唯一の弱みと言っていい悟空。

「三蔵も一緒じゃなきゃ俺・・・行かないから」
「返せ、サル」

顔にはとってもとっても行きたいんです!!と書いてあるのに・・・
今年はまだ花見に行ってないじゃんかと大きな瞳をうるうるさせる悟空には勝てない三蔵。

「寒くないように支度してこい」

「おう!」

思わず見蕩れるような笑顔を浮かべて、悟空は上着を二人分素早く用意して居間に戻ってきた。
素直な悟空と素直じゃない三蔵の遣り取りに、今ではすっかり慣れっこの悟浄と八戒は、こうなるだろうと予測していたので、終始笑顔で話が付くのを待っていたのだ。

「んじゃ、行きますか」

悟浄は悟空の頭の上に肘を置いて、ほれほれと山門へと続く回廊を歩き出した。
何度払っても自分の頭へ肘を置く悟浄と大騒ぎしながら歩く悟空の姿が微笑ましくて、八戒も楽しそうな笑顔を浮かべたままで後に続く。
三蔵だけが、不機嫌そうに煙草を燻らせながら三人の後を歩いている。












ジープに揺られて到着したのは、寺院から歩いても二十分とは掛からない場所だった。
小高い丘の上には見事に花を咲かせた桜の木が一本、ゆったり大地に根を下ろしている。
春茜に映えるその姿はとても幻想的で、桃源郷と言う名のこの地に相応しい光景だ。

「早く飯食おうよ」
「花より団子ですね、悟空は」
「ははは・・・違いねぇ」

早く来いよと皆を急かせながら、木の下へと走り出した悟空の後を、変化を解いたジープが付いて行く。



いつまで経ってもガキだな、アイツは



目を細めて悟空を見る三蔵が一番最後にやって来る。












日もとっぷり暮れて、空には何時しかまあるい朧月が山の端から顔を覗かせていた。
その柔らかな光が桜の木と、その下で宴を催す四人を優しく照らしている。

八戒が用意した大量のお弁当は、その殆どが悟空の胃袋に収められ、他の三人はつまみを片手に酒を酌みつつ花を愛でていた。






「おや、お子さまはもうお眠?」

からかい口調の悟浄にいつもなら反撃してくる悟空も、コシコシと目を擦りながら睡魔と格
闘中の様子。

「さんぞー」
「無理すんじゃねぇ、ガキの癖に」

眠さの所為か、隣に座る実年齢より遙かに幼く見える悟空の頭を三蔵は優しく撫でてやる。
嬉しそうに微笑んだ悟空はもう駄目と言いながら、胡座をかく三蔵の上に抱きつくようにして座り、体を預けて寝入ってしまった。

三蔵はそれを気にする風もなく、変わらず酒を楽しんでいるようだが、悟浄も八戒も目の前の出来事を理解するのに暫しの時間を要したようだ。
二人がどういう関係かなんてことは、何となく知っているつもりの悟浄と八戒だったが、目の前で繰り広げられた甘い光景をすぐには受け入れられなくて。



無自覚デスカ?三蔵サマ・・・



目のやり場に困りましたねぇ



二人それぞれ思うところはあるけれど、素早く立ち直ったのは保父さん八戒。

「悟空が風邪引きますよ、三蔵」

そう言って、用意してあった大きめの膝掛けを悟空の背中に掛けてやった。
少し身動いだ悟空だが、目を覚ました様子もなかったので、三人だけになってしまった花見はこれといった会話もなく静かに時だけが過ぎていく。







「・・・・・悟空の声が聞こえないだけで、こんなにも静かなんですねぇ」

桜を見上げながら呟いた八戒の言葉は、風に舞い散る花片と共に小夜へと溶け込んだ。
三蔵も悟浄も八戒の言わんとすることが分かったようで、珍しく嶮の無い視線を互いに絡ませる。







「もうそろそろお開きにしましょうか?」

八戒が言うのに同意した悟浄は、辺りを片付け始めた。
が、一向に動かない三蔵を訝しげに見れば

「適当に酒だけ置いて帰れ」
「お前らはどうすんの?帰らねぇのかよ」
「そうですよ、このままだと悟空も風邪引きますし、貴方もしんどいでしょうに・・・」
「大丈夫だ」

幾ら悟空が華奢で軽いとは言え、長時間同じ体勢で支える三蔵もきついだろうと八戒は心配したのだが、何を言っても動こうとしない三蔵に、八戒も悟浄も為す術がなくて。

「本当に大丈夫ですか?送らなくても・・・」
「歩いて帰れる距離だろ」
「んじゃまあ俺達は引き上げるとすっか」

丘を下りたところでジープがまた変化して、後ろ髪引かれる思いの二人を乗せて帰っていった。
悟空の髪を弄びながら小さくなっていくテールランプに目を遣る三蔵は、空いた手で独酌を続ける。
仕事にかまけて思うように構ってやれくて、こんな時くらいはと甘やかしてしまう。
それに・・・自分の胸で安らいだ寝息を立てる愛しい悟空をもう少し抱いていたかったから。
だから自分を気遣う二人の申し出には首を縦には振らなかったのだ。







「・・・んん、さんぞ。八戒達は?」
「さっき帰ったところだ」

そっかぁ弁当の礼言えなかったな・・・と、まだ眠いのか顔を三蔵の胸にぐいぐい押し当てる悟空。
そんな悟空を見つめる紫暗は何時如何なる相手に対して向けられるよりも穏やかで。

「もうちょっと此処で桜見ててもいい?」
「好きにしろ」

三蔵の返事に笑顔を浮かべた悟空は、彼の胸に背を預けるようにして座り直した。



夜が明けなきゃいいのにな・・・



こうして三蔵に甘えられたのは随分久しぶりだったから。
仕事になれば、また振り向いて貰えない寂しい日々が続いてしまう。

「・・・明日は休みだ」

そんな悟空の気持ちが伝わったのか、微かに笑みを浮かべた三蔵は悟空の耳元に顔を寄せて囁いた。

「ホントか?三蔵」

桜の花に引けを取らない悟空の笑顔は三蔵の機嫌を益々よくしたようで、自分の方へと振り向いたその愛らしい唇を奪うように口付けた。

「続きはゆっくり帰ってからだ」

悟空をポンと地面に放り出して、丘を下りていこうとする三蔵。
恥ずかしくて真っ赤になった悟空は、もうちょっと一緒に桜の花を見たかったのにと洩らしたが、置いて行かれては大変だとばかりにささっと周りを片付ける。

「今日はどうもありがとな!・・・また来年も来れるといいな」

桜の木に向かってそう言うと、足早に三蔵の元へと駈けていった。

「おい、見てみろ」

追いついた悟空は言われて桜の木を振り返る。
そこには悟空の言葉に返事するかのように、ゆったりとした柔らかな風に舞い上がる無数の花片が織りなす桜吹雪・・・

「・・・綺麗」
「ああ」

惚けたように見ている悟空に返事した三蔵は、大地色の髪に舞い降りた花片を手に取ると、悟空の前に差し出した。

「また来年だ」



それって・・・来年の今頃も変わらず一緒にいてくれるってことだよね?



三蔵の言葉に大きな金瞳を一瞬見開いた悟空。
が、すぐに満面の笑みを浮かべると、花片を受け取りちゅっと口付けて・・・ふぅっと息を吹きかけ空へと返した。





またねv




* * *

AQUAのmichiko様へ☆

この度は、120000hitおめでとうございます。
拙い文章で大変恐縮致しますが、今回のお祝いと、以前参加させて頂きましたキリリク企画の
お礼になればと思い書き上げました。
お気に召さない点や、怪しい点などは仰って頂ければ出来る限り手直しいたいと思いますので、
ご遠慮なくご連絡下さいませ。そんな箇所ばかりかとは思いますが(笑)・・・

これからも益々素敵なmichiko様の三空小説に出逢えますように☆
そんな願いも込めておりますので、お受け取り頂ければ幸いでございます。
  kiyora




<kiyora 様 作>

kiyora様から、サイトの120000Hitのお祝いと企画参加のお礼にと頂いた小説です。
予想もしないお祝いにただただ嬉しくて、幸せです。
企画は私の我が侭で始めたというのに、です。
三蔵の悟空への何気ない優しさ。
当てられた八戒と悟浄に、「ご苦労様」と「ありがとう」を言ってあげたいです。
夜桜を見上げる二人の生活が、これからも平穏であって欲しいと、願わずにはいられません。
どうぞしばし、この優しい二人の姿に酔いしれて下さいませ。
kiyora様、素敵なお話と真心をありがとうございました。

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