さんぞと、ごくうと、たんぽぽと。
三蔵法師というものは、結構な割合で方々の寺からお呼びが掛かる。
当代の三蔵様も例に洩れないどころか見目の麗しさも手伝って、そのお呼びの掛かる度合いも格別だったり。
が、この玄奘三蔵は面倒なことが大っ嫌い。
お呼びが掛かっても、滅多なことで首を縦に振ることはない。
そんな三蔵でも断れないお誘いが年に何度かあるもので・・・
今回二泊三日で少し離れた寺院へと出向くことになってしまった。
「三蔵、三日で帰ってくるってホント?」
「ああ、二泊で終わる予定だからな」
連れて行って欲しいと幼さの残る顔に書いてあるが、どんな連中がいる寺院なのか分からないのに、悟空を連れても行けず置いていくしかなくて。
「行ってらっしゃい、いい子にしてるから・・・絶対帰ってきてよね」
「サルを置き去りにして何処に行きゃいいんだよ。大人しく待ってろ」
今にも泣きそうな顔して自分を送り出す悟空に、思わず手を取って連れて行きそうになってしまう。
とっとと済ませて帰って来るか・・・
晴れ渡る空の下、真っ白な法衣に金冠を頭に戴いて、三蔵はお付きの僧侶達と山門を出ていった。
何でこんな能無しばっかなんだ!?
一寸頭を使えば自分なんか呼ばなくても片が付きそうな仕事ばかりだった。
二日は丸々掛かるとか言って寄越した癖に、二日目の午前中でスッパリ片が付いてしまった。
そしてこれから親睦を深めるという名目で、体のいい接待があるらしい。
化粧を施し人工的な香りを身に纏う女達を娼館から借り集めて行われるそれ。
勿論寺院内でそんな事は憚れるから、何処かで場所は押さえてあるのだろう。
三蔵と共にやって来た僧侶たちはそれを知ってか知らずか朝からそわそわしている。
しかし、三蔵にはそんなものに何の感慨もない。
商売柄だから仕方ないのだろうが、どうにもあの媚びた視線に態度に化粧・・・何もかも虫酸が湧く対象でしかあり得ない。
ふらりと庭に出て、懐から愛飲するものを口に銜える。
火を点けた後、なにとはなしに視線を巡らせば目に飛び込んできた鮮やかな黄色。
ふわりと風に任せて種を蒔き、勝手気ままに芽を出して・・・ちょこんと愛らしく咲くたんぽぽの花。
病害虫、暑さ寒さに雨に風・・・逆境に打たれ強くて決して負けない。
いつも自然なままに咲きたいところに咲く小さな花。
吹く風が和らぎ、大地が力強く息を吹き返す季節に顔を見せるたんぽぽに心が和むのはどうしてだろうか。地に光り輝く太陽のような花。
『・・・俺、三蔵の側がいい・・・』
隣にあるのが当たり前になってしまった存在が、不意に目に浮かんだ。
揺るぎなく真っ直ぐに自分を見つめてくる円らな黄金色。
見ていて飽きないよく動く表情に、さらさらと手に馴染む大地色の長い髪は絹糸のようにしなやかで。
『さんぞ・・・』
お日様の匂いがする、何者にも代え難い我が愛し子の元へと心が掻き立てられる。
「三蔵様、そろそろ宴の準備が整うそうでございます」
一緒に来た僧侶の一人が三蔵を呼びに来た。
三蔵がこのようなコトを好まない性格だと同じ寺に居るのだから知ってはいるが、声をかけないわけにはいかなくて。
三蔵は煙草を揉み消しながら、遠慮がちに伺う僧侶を一瞥すると、
「お前らだけ出りゃいいだろ、俺の仕事はもう終わった。帰る・・・」
自分のいるべき場所へ帰るだけ。
「・・・あ、三蔵様。お、お待ち下さいませ。せめてご挨拶なりと」
「適当にやっとけ」
その後はどんなに僧侶が呼び止めても振り向くことはなく。
凛とした三蔵の後ろ姿はいつしか遠霞の彼方へと掻き消えてしまった。
途中立ち寄った活気ある町。
悟空の喜びそうな物を買って帰る気になった三蔵は、何軒かの店を渡り歩いた。
悟空の瞳と髪の色に似合いそうな服と、長く艶ややかな髪を結うためのすみれ色したリボン。それに、外せないのは大量の肉まんだろう。
『これ、俺のために買ってきてくれたのか?』
そう言って笑う悟空の顔が目に浮かぶ。
嘗ての自分からは想像も出来ないような行動に思わず笑みが零れてしまう。
しかし、こんな感情も行動も悟空以外には持ち合わせていない。
たった一人、手の掛かる小猿限定だから質が悪い。
惚れた弱みか・・・
そんな言葉が浮かんだが、認めてしまえばどうってコトないものだ。
買い物を済ませて、先程より幾分か速い足取りで寺へと歩き始めた。
寺へと続く道のあちこちに咲くたんぽぽがやたらと目に入る。
『なあなあ、三蔵・・・一緒に風呂入ってよ』
『さんぞー、これさぁ滅茶苦茶美味いんだぜ!』
『・・・さんぞ、さんぞう、三蔵』
その一輪一輪が悟空の笑顔に見えてしまう自分の頭は相当湧いてると思う。
そうこうするうち、見慣れた山門が見えてきた。
もうあの先に悟空は自分の帰りを肌で感じて待ち侘びているはずだ。
どんなにつれなくしてもハリセンで叩いてみても、自分の側がいいと言って決して離れていかない悟空。
そんな悟空が何時からか愛しく想えて仕方が無くなった自分。
普段から優しくすればもっともっと悟空は嬉しそうに、幸せそうに微笑んでくるだろうに・・・
「おかえりー三蔵!!」
「急に飛びつくなっていつも言ってるだろが、バカ猿が」
三蔵の言葉が聞こえているのかどうなのか、
「一日早かったんだね」
「まあな」
抱きついてきた悟空は三蔵の頬に軽くお帰りなさいのキスをした。
「今日は一緒に寝てくれるでしょ?」
可愛くお強請りされれば否やは無いが。
離れていたのはたったの二日だというのに、三蔵が返事するまで梃子でも動かないつもりか悟空はなかなか離れない。
それを何とか引き剥がし、土産の入った袋と先程道端で摘んだ花を一輪差し出した。
初めは寂しかったんだぞと膨れていた悟空だが、すぐに興味は土産物へと吸い寄せられて。
見る見る斜めだった機嫌は元通り。
三蔵は悟空の手にあるその花と、悟空の笑顔を見比べて。
やっぱり悟空(ほんもの)の方がいいらしい・・・
俺の疲れは蒼穹の彼方へ一気に吹き飛んだ。
緑の薫り漂う凱風と、風に任せてたゆたう白い綿毛と共に・・・
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たんぽぽに悟空の笑顔を重ねる三蔵サマのお話。
珍しく自分に素直な三蔵サマでしたv
いつもこうだと悟空は苦労しないですむのに・・・
はっ・・・・書いてるのは自分でしたね(笑)。
『悟空聖誕祭』無事終了するだろうことを記念して、4月30日迄
フリー配布にさせて頂きたいと思います。
特に連絡も要りませんので、よければお持ち帰りして下さい。
貰って下さる方がいればの話ですが・・・
2003.04.27
Copyright (C) 2003 kiyora ,All Rights
Reserved.
<kiyora 様 作>
kiyora様のサイト「星降る夜の天使」の『悟空聖誕祭無事終了記念企画』のフリー小説です。
持って帰って良いと言って頂けたので、素早く頂いてきちゃいました。
もう、タンポポ見て悟空を思い出していてもたってもいられない三蔵様が可愛いです。
本当に惚れた方の負け、惚れさせた方の勝ちですね。
たまには気持ちに素直になってみるのも愛しさの新たな発見となって良いものでしょうね。
kiyora様、素敵なお話をありがとうございました。
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