a tiny wish




昼の暑さが嘘のように涼やかな風が、優しく頬を撫でるように通り過ぎていく。

漆黒の闇に皓々と冴え渡る十三夜の月。

天と地の境は辛うじて森の木々の影で見分けが付くくらいだろうか・・・
何処か物悲しい虫たちの声が、過ぎゆく夏を惜しむかのように耳に届く。

「サルが一人で月見か?・・・風流だな」

ったく・・・寝室が蛻の殻だと思ったら

足音も立てず近づいてきた人影に、悟空は柔らかい笑みを浮かべて。

「なんかさ・・・月って不思議だよな」
「・・・・・・・・・・・」

無造作に法衣の袂を割り、悟空を後ろから抱きしめるようにして腰を下ろしたのは三蔵。
最近三蔵はこの状態がお気に入りらしく、事ある毎に悟空を抱きしめてはこうして寛ぐのだ。

悟空はちょっと恥ずかしそうにモジモジしているが、三蔵の温もりが背中から感じられるのが嬉しくて。
暫くすると、ゆったり三蔵の胸にもたれ掛かるようになる。

「太陽も大好き。いっぱい光を浴びると力が湧いてくるって言うか、元気になれるんだよな。でもさ、月って・・・」
「月って?」
「月の光を浴びるとなんかこう・・・癒されるって言うかさ、穏やかな気持ちになれる感じ」
「ふぅん・・・月夜はサルをも詩人にする・・・か」

シャボンの香りするほっそりした悟空の首筋に顔を埋める。

「茶化すなよ!」
「ホントのことだろうが」
「ちぇ」

悟空の肩に顎を乗せた三蔵と二人、悟空はまたジッと夜空に金瞳を向けた。















「あ・・・」

月を見つめていた金瞳の端に、一筋の流れ星が映り込む。
とまた、二つ三つ・・・

すると何やら悟空が小さな声で何事かを繰り返し呟き始めた。

「おい、何ブツブツ言ってんだ」
「へ?・・・流れ星と言えば願い事でしょ!?」

当然じゃんと言う悟空に、

「ガキくせぇ。・・・大体、燃え尽きて無くなっちまうような星屑に、願い事なんざ叶えられるわけねぇだろが。願いはてめぇの手で掴み取れ、叶えたかったらな」
「出来りゃ苦労しねぇよ」

三蔵にウサギみたいになってくれなんて・・・俺に出来っこねぇじゃん



いつでもどんな時だって三蔵の側に居たいのに
でも三蔵は俺がいなくても全然平気で、一週間でも十日でも仕事で寺を空けてしまう
・・・俺を残して

その間、俺は寂しくなると死んじゃうって言う、ウサギのように弱々しくなっていく
ずっと逢えないワケじゃないって分かってても、寂しい気持ちを抑えられるほどにはまだ・・・大人じゃない俺

だから三蔵も俺みたいにウサギのココロになってくれたら・・・
俺と離れるのが寂しくなって、一緒に仕事へも連れてってくれるかもって思ったんだけどな

黙り込んでしまった悟空の体をぐるりと180度回転させて。

「で、一体何を願ったってんだ」
「言わねぇ、絶対。言うと叶わないからな」
「分からんだろ、言えよ・・悟空」
「・・・・・・・・・・・こんな時ばっか名前で呼ぶなよ」

確かに三蔵自身の事だから、言えばなってくれるかな?・・・・いや、ないない
バカザルが!ってハリセンか、スッゲー呆れるかだよな

考え倦ねているうちにコロンと地面に転がされ、目の前に広がったのは一面の星空ではなく三蔵の秀麗な面輪。

「ここでヤられるのとベッドとどっちがいい?選ばせてやる」
「はあ?」
「早く決めろ」
「何をだよ!」

鼻と鼻がぶつかりそうな距離。
瞳に映るのは互いの顔、そして頬に当たる吐息が熱い。

「言えば何もしない?」
「兎に角、言ってみろ」
「ズリィぞ、三蔵」
「そうか?」

ふと口角を上げ、ひんやりした手を悟空のシャツの中へ滑り込ませる。

「んん・・わ、分かった。分かったから」
「ちっ」

ちょっと離れてよ!と三蔵の肩をグイッと押し戻した。

「・・・怒ったり、わ・・笑ったりすんなよな」
「ああ」

多分なと言う声は、聞こえないように呟いて先を促す。

「三蔵に、ウサギみたいになって欲しいって願ったの!」
「何だ!?」
「ウサギ」
「・・・・・・・・・・・」

三蔵は久々に蟀谷が疼きだした。
的を外しまくった悟空との会話には、もう随分慣れたはずだと思っていたのだが、少々見込みが甘かったようだ。

「いっつも淋しいの俺だけじゃん。三蔵にも俺と離れたら淋しくなって欲しかったんだ。そしたら俺を寺に残して、どっかに行ったりしなくなるかも知れないだろ?」
「・・・やっぱり、本当にお前ってヤツはバカザル以外の何者でもないな」
「どうせ俺はバカですよ!話せっつったから話しただけじゃん」

つむじを曲げてツンと顔を逸らしたが、直ぐに切なそうに眉を寄せて俯いてしまった。

「おい」
「知らねぇ、三蔵なんか」

すっかり拗ねてしまった悟空に、三蔵も少しばつが悪いらしい。
潤みかけた金瞳を見つめ、ゆっくりと優しく焦げ茶の髪を梳いていく。

「ちょっと離れたくれぇで、一々ウサギみたいに寂しくて死にそうになんのか?」
「それくらいに寂しいってことじゃん!・・・でも三蔵はそうじゃないんだろ?だからいっつも俺のこと置いて、仕事でも何でも行っちゃえるんだ」

これが他の人間だったら・・・こうまでじっくりと話を聞くこともないだろう。
悟空だからこそ聞いていられる可愛い願い事に我が儘だ。

「じゃあ聞くが。先月俺が出掛ける前、何日掛かる予定だった?」
「半月だったっけ」
「ああ。で、結局何日だった」
「十日くらい」
「その前は?」
「一ヶ月・・・・でも半月くらいで・・・あ・・・・・・」

分かったかと金瞳を覗き込めば、ごめんと呟き伏せられた眦からスッと一筋伝う雫。

「面倒だが仕事をしねぇなんて事出来ねぇからな。お前を置いていく事だって当然ある」
「・・・うん」
「だが・・呼べばいいだろう?」
「でも・・・三蔵いっつも煩いって言うじゃんか」
「いつもはな。でも俺がいないときは、ギリギリまで我慢してるじゃねぇか・・・そうなる前に俺を呼べばいい」

コクンと小さく頷く悟空の目元へ、軽く唇を寄せて。

「明日から三日ほど寺を空ける」
「ええ!?いきなりかよ!!」

法衣の襟をむんずと掴み、顔をズイッと寄せてくる悟空に口角を上げて。

「ああ・・・で、お前同様ウサギな俺を、先に慰めといて貰おうかと思うんだが」
「?・・・・おわっ!」

悟空を肩に担ぎ上げ、スタスタ寺へと戻り始める三蔵。

「何で!?言ったら何もしないって言っただろ!」
「そうか?知らんな」

俺はウサギだからなぁと、後は悟空が喚こうが背中をグーでポカポカ殴ってこようがお構いなしで。

「お前が寂しく思わないように、ちゃんとシテやるから安心しろ」
「そんなんなら俺も一緒に連れて行けーーーっ!」

悟空の絶叫にピタリと虫の音も止んだ。

「何時からこんな風になっちまったんだか」

わぁわぁ喚く悟空を後目に、苦笑した三蔵の呟きを聞いていたのは肩の上の悟空ではなく、夜空に煌めく数多の星と、僅かに欠けた十三夜の月だった。






「AQUA」 michiko さまへ

この度は 20 万 hit おめでとうございます。
何時お伺いしても素敵なお話で、心癒して下さる 「AQUA」 さま。
michikoさまの優しいお人柄と、読むたびに心温まるお話達の賜物ですねvv
これからも益々愛の詰まった三空話を書き続けて下さいますように・・・
お祝いと言うには文章が拙すぎますが、これも枯れ木も山の賑わいだと
ご笑納頂ければ、幸甚の至りでございます。
03/09/19
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<kiyora 様 作>

kiyora様から、サイトの200000Hitのお祝いに小説を頂きました。
予想もしないお祝いにただただ嬉しくて、どうやって感謝を示せばいいのか分かりません。
悟空の可愛い小さな願い。
一人ではその淋しさに死んでしまうウサギのように、三蔵も悟空が居ないと寂しくて仕方ないようになればいいなんて。
こんな願いを口にする小猿を手放せないのは三蔵だけではないように思います。
やんちゃで愛しい小猿といたずら好きな生臭坊主三蔵が、いつまでも幸せであって欲しいです。
kiyora様、素敵なお話と真心をありがとうございました。

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