小春日和

いつの間にか冬の寒さと春の暖かさが入れ替わって、今日は朝から気持ちいい程の青空が広がっている。
時折、頬を撫でて吹きすぎる風は温かく、心地よくて。

寝所の窓と言う窓を開け広げ、扉を開け広げれば、風が通り道を得たのが嬉しいのか、踊るように吹き抜けてゆく。
その風に身を委ねていれば、日向の柔らかな温もりが、まるであの人の腕の中のようで。
ふわふわした温かさと心地よさに気持ちも身体も委ねてしまえば、ゆりかごに揺られる心地にも似て。

悟空は積み重ねたクッションに埋もれるようにしてやがて、寝入ってしまった。






三蔵は執務室の開け放った窓から入る風に、その豊かな金糸を嬲られながら、書類に筆を走らせていた。
風に煩く撫でられる冬の間に伸びた前髪を掻き上げれば、窓の向こうの眩しい程晴れた景色が目に入った。

少し色付いた庭の緑と、まだまだ冬枯れの木々。
春の始まりを告げる花達もちらほらと蕾を開き始めて。
その姿に、また、喧しい季節が来たのだと、三蔵は気付いた。

「…また、煩くなるのか……」

ため息一つ、最後の文字を書き入れて三蔵は筆を置くと立ち上がった。
季節の変化に気付けば何故か落ち着かなくなって。
まだまだ、本格的な誘いは先だとわかっているはずなのに。

それほど、還したくないのか。
手放したくないのか。

自覚のない不安は三蔵の足を子供がいるはずの場所へ向かう。

気が急くように寝所の開け放った扉を潜れば、探す子供は開け放った窓の下、重ねたクッションにに埋もれて健やかな寝息を立てていた。

窓から入る風が子供を愛おしげに撫でて吹きすぎて行く。

三蔵はその穏やかな姿に、自分の身体から緊張が抜けるのを感じた。
そして、自分が僅かの間に酷く緊張していたことに気付き、瞳を見開いた。
気付いた気持ちに恥ずかしさを覚え、照れを隠すように言葉がこぼれ落ちた。

「……バカらしい…」

羞恥を誤魔化すようにこぼれた言葉は安堵のため息に包まれて、自嘲に染まって。
けれど、その存在の確認は己を納得させるのに必要だと、言い訳して。
眠る傍らに跪いて見下ろす寝顔は、幸せそうだった。

「バカ面……」

稚い寝顔を見つめる三蔵の口元が綻ぶ。
さらりと桜色の頬を撫で、三蔵はその寝顔に誘われるようにクッションの山に寝転んだ。
そして、眠る子供に寄り添うように体勢を変えると、深く吐息を吐き、瞳を閉じた。

傍らの温もりを確かめているように見えて。
また、雛を守る親鳥のようにも見えて。
大事なモノを抱えて眠る幼子の姿にも見えて。

風は笑みをこぼし、陽差しは笑みを深くした。
閉じた瞼を通して感じる風と陽差しと傍らの温もりに誘われるように訪れてきた睡魔に、三蔵は身を委ねた。

それは闘う前の一時の安息。




end

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