組み手

笙玄が力一杯繰り出した棒が、簡単に悟空の如意棒に払われる。
多々良を踏んで笙玄は、踏ん張りきれずに下草の上に転んだ。

「もう、踏み込みが甘いんだって」

悟空が如意棒をくるりと回して、とんと、地面を打つ。
笙玄は肩で息をして、身体を起こし、そのまま座り込んだ。

「…わかってはいるんですが、どうにも…」
「怖がってたらダメだって。俺を憎らしい奴だと思って打ち込んで来なきゃ」

座り込んだ笙玄の前に悟空も同じように座り込む。
笙玄は情けない顔をして額の汗を拭った。




体術が苦手な笙玄のために、ここ何週間か、悟空が練習相手を務めていた。
本来なら道場で他の修行僧と一緒に鍛錬するのだが、笙玄は三蔵の側係という特殊な仕事に就いているため、どうしても他の修行僧よりも鍛錬の時間が長くはとれない。
だが、三蔵法師の側係を勤める以上は、三蔵法師の護衛の役目も担わなければならない。
その為にも他の修行僧よりも鍛えねばならないのだ。

「適当にこなしておけ」

とは、玄奘三蔵法師様の言だが、笙玄の性格からすれば手を抜くことなど考えもつかず、一人藁を束ねた丸太や棒きれ相手に鍛錬していた。

それを見かねた悟空が三蔵に頼み込んで、笙玄の相手を申し出たのだった。

「笙玄を壊すなよ、サル」
「わかってるって」

悟空の熱意に負けた三蔵と悟空の会話に、笙玄はうそ寒い感じを受けたのだが、三蔵法師の半ば強制的な申し渡しに逆らえず、今に至るのであった。




「笙玄、もう一回」

にこっと笑って構えた悟空に、笙玄は引きつった顔で頷き立ち上がった。
そして、組み手を始めるも、五合も打ち合わずに、笙玄は再び、よろめいてその場にへたり込んでしまった。

「笙玄?」
「ちょ、ちょっと休憩させてください…」

切れ切れな呼吸の合間にそう告げると、大の字に寝ころんだ。

見上げる空には白い雲が切れ切れに浮かんで、気持ちよさそうに風の腕に流されている。
温かな陽差しは、疲れた身体に心地良く。
そのまま笙玄は眠ってしまった。

その様子を傍らに座って見ていた悟空は、回廊の柱の影から姿を見せた三蔵に、笑って見せ、唇に人差し指を当てた。




end

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