Lotus Pond

その子供を見たのは偶然。




大地色の髪と金色の冠。
零れそうに大きな金の瞳。
蓮池のほとりに生えた菩提樹にもたれて空を見ていた。



時間の止まった一瞬。



対岸の木陰から見つめる。
見られていることに気付くことなく、その子供は空を見ていた。
しばらくするとそれに飽きたのか、池の蓮の花に手を伸ばして、花に触れ始めた。
小さな手を伸ばして花に触れる。
触れた花が揺れて、池の水面に波紋を広げる。
それが楽しいのか、子供は次々に花に手を伸ばしては揺らしていく。
いくつ目かの花に手を伸ばそうとして、岸についていた方の手が滑った。
水音をたてて、子供の顔が池に浸かる。



お…おい…



心臓が跳ねる。



子供は慌てて身体を起こすと、濡れた顔を勢いよく振る。
滴が飛んで光る。



まるで子犬だな



口元が、ほころぶ。



子供は振っていた首を傾げて何かを考えている。
しばらくして、ぱっと、子供の顔が輝くと、子供は菩提樹に登り始めた。
身軽い。



子犬というより子猿だ



見つめる瞳が頬笑む。

子供は中程の太い枝にまたがって、風に当たっている。
長い髪が、風に揺れる。



その姿が一瞬、はかなげに映る。

それもつかの間。




子供は、枝に来た鳥と戯れ出す。
枝の上に立ち上がる。



危ないぞ、おい



鳥を追いかけて、枝の先へ走り出す。
足下を見ていない。
子供は枝を踏み外し、下へ落ちた。



言わんこっちゃない



見つめる木陰から飛び出そうとして、迷う。

子供は、落ちたまま動かない。



気を失ったか…



迷ってなどいられない。
木陰から出て、子供の方へ踏み出しかけた足を止めた。
倒れた子供に駆け寄る金色の光が、見えたから。




子供の名前が呼ばれる。
子供が起き上がった。
きょとんとしている。




金色の光を頂く男──最近、その身に纏う空気が、穏やかになったと、噂に聞くあいつ──が、子供を抱き起こした。
心配のあまり怒っている男に、子供が嬉しそうな笑顔を向ける。
金色の男の顔に苦笑が生まれる。
男が子供に何か言うと、幸せそうな大輪の花が咲いた。
金色の男は空いた手で子供の頭をくしゃっと撫で、額に口づけを落とした。
子供はびっくりした顔をした後、耳まで朱に染めて、男の首に抱きつく。
金色の男は、そんな子供の手を首からそっとはずすと、子供に手を差し出した。
その手を嬉しそうに子供は握った。
そうして二人は、そのまま蓮池から去って行った。






二人の姿が見えなくなってから、木陰から出た。




心に残るのは、金の瞳の子供の笑顔。
あの笑顔が、自分だけに向けられれば・・・・
愛しい人を失ったこの喪失感が埋まるような気がした。
あの子供を手に入れさえすれば、この苦痛から救われる。
確信に近い思い。
その為なら何でも出来る、そう思う。
その為に何を犠牲にしても構わないとさえ思う。



必ず、手に入れる



そう誓った。

「待っていろ…」

つぶやいた微かな言葉は蓮池を渡る風にさらわれ、蓮の白い花を揺らした。

                                  




end

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